創世記41

「ファラオは人を遣わして、ヨセフを呼び寄せた。人々は急いで彼を地下牢から連れ出した。ヨセフはひげを剃り、着替えをして、ファラオの前に出た。」創世記41:14

これは、ヨセフが献酌官長に忘れられ2年が過ぎたある日のことでした。突然せかされてファラオの前に引き出されます。
神様は気まぐれなのでしょうか。いいえ、最善のタイミングを備えておられたのです。私たちは、神様に忘れられているのでは、と考えてしまうことがあります。しかし事実は決してそうではありません。

救いも神の時があります。ある人のために何十年も祈っているが、一向に救われる気配がない。ところが、40年以上たったある日、入院中の思いもよらない時に信仰告白をした、ということがありました(後で腰が抜けるくらい驚きました。父です)。

人間はイライラして待ち、一方で急かされては戸惑います。しかし、神様の時は時計やカレンダーに限定されないダイナミックな、そして愛に満ちた最善のタイミングです。


祈り:神様、すべてにあなたの最善の時があると信じます。この聖句を、あなたのご支配に信頼する、私の祈りとして告白します。

「すべてのことには定まった時期があり、天の下のすべての営みに時がある。生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を抜くのに時がある。(伝道者の書3:1〜2)」

アーメン