投稿

Ⅱ列王記19–21

通読: Ⅱ列王記19–21; ヨハネ4:1-30  「ヒゼキヤは、使者の手からその手紙を受け取って読み、主の宮に上って行き、それを主の前に広げた。ヒゼキヤは主の前で祈った。」列王記 第二 19:14 クレームや誹謗中傷の手紙やメール、SNSの投稿を受け取ったことがありますか? 文字通り頭がくらくらし、心は傷つきパニックになります。 敵からの手紙を読んだヒゼキヤも、同じような気持ち だったでしょう。 しかも、彼には国を率いる責任がありました。 彼はどうしたか。 「主の宮に上って行き、それを主の前に広げた。ヒゼキヤは主の前で祈った」のでした。 「…主よ。御耳を傾けて聞いてください。主よ。御目を開いてご覧ください。生ける神をそしるために言ってよこしたセンナケリブのことばを聞いてください」(19:16)と、問題を主の元に持っていき、訴えました。 どうしようもない時、今日も主が聞いて介入してくださいます。 祈り:神様、自分でどうすることもできない辛い時でも、あなたの元にすべて持っていき、心を注ぎ出せることを感謝します。あなたこそ盾です。私を、家族を、教会をお守りください。アーメン

Ⅱ列王記17–18

通読: Ⅱ列王記17–18; ヨハネ. 3:19-36  「彼はイスラエルの神、主に信頼していた。彼の後にも前にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった。」Ⅱ列王記18:5 北イスラエルは、とうとうアッシリアによって征服されてしまいます。 一方、南ユダでは同じ頃、主を信頼するヒゼキヤ王が即位しました。 アッシリアが攻めてきてピンチが迫る、というのが今日の箇所です。 (もちろん、ヒゼキヤ王はこの難局を主の助けで乗り越えるのですが...) ヒゼキヤが主の信頼してリーダーシップをとったように、今も信仰によってリーダーシップをとるリーダーが求められています。 ヒゼキヤの建造した水路は、現在まで残っています。 彼の生涯の見習うべき点を、もう少し読んでいきましょう。 祈り:神様、あなたを信頼するリーダーが起こされますように。リーダーシップをゆだねられている信仰者一人一人が主の知恵に満たされ、置かれた場所で祈りつつ仕えることができますように。アーメン

Ⅱ列王記15–16

通読:  Ⅱ 列王記 15–16;  ヨハネ 3:1-18 「主がかつてエフーに告げられたことばは、『あなたの子孫は四代までイスラエルの王座に着く』ということであったが、はたして、そのとおりになった。」 Ⅱ 列王記 15:12 北のイスラエル王国と南のユダ王国の王朝史が交互に記されているので、二重に歴史を読んでいる感じがすると思います。 エフーは北イスラエルで28年間王でした(10:36)。バアル崇拝のリーダーたちを滅ぼし ました。歴代誌第二でもまた登場します。 主が彼に約束されたことは、「はたして、そのとおりにな」りました。 王位交代が入り乱れ、国としては弱っていく中で、神のことばは間違いなく成就していきました。 私たちの歩みにも、時に予想外の波瀾万丈な出来事があるかもしれません。 それでも、主は変わりなく治め、私たちを見捨てることはありません。 人が私たちを見捨てたように思っても、この主に期待していれば大丈夫です。 祈り:神様、あなたの約束の確かさを覚えて感謝します。主のご計画と愛は変わらず、私を見捨てることもなさいません。あなたに頼ることができる幸いに感謝します。アーメン

Ⅱ列王記13–14

通読:  Ⅱ 列王記 13–14;  ヨハネ 2 「こうして、エリシャは死んで葬られた。モアブの略奪隊は、年が改まるたびにこの国に侵入していた。」 Ⅱ 列王記 13:20 「ユダの民はみな、当時十六歳であったアザルヤを立てて、その父アマツヤの代わりに王とした。」 Ⅱ 列王記 14:21 預言者エリシャは北王国のイスラエルで働き、死にました。 南王国ユダではアマツヤが死に、アザルヤ(ウジヤ)王が即位しました。イザヤ書に出てくる王です。 「彼(北王国のヤロブアム2世)は、レボ・ハマテからアラバの海までイスラエルの領土を回復した。それは、イスラエルの神、主が、そのしもべ、ガテ・ヘフェル出身の預言者、アミタイの子ヨナを通して語られたことばのとおりであった。」(14:25) アミタイの子ヨナとは、ヨナ書に出てくる人物です。 列王記や歴代誌には、様々な人名が出てきます。 旧約聖書の後半にある預言書、その預言者たちのほとんどがこの時代に働きました。 後半の預言書を読む時には、今読んでいる背景があるのだと思い出してみましょう。 困難な中でも神のことばを伝え生き抜いた彼らの姿勢が、今日の私たちへの励ましとなることでしょう。 祈り:神様、昔も今も試練を通った信仰者がいることを覚えます。知的な理解で済ませるのでなく、霊で理解できますように。聖書の励ましを、実生活に適用することを教えてください。アーメン

Ⅱ列王記10–12

通読:  Ⅱ 列王記 10–12;  ヨハネ 1:29-51 「また、工事する者に支払うように金を渡した人々が精算を求められることはなかった。彼らが忠実に働いていたからである。」  Ⅱ 列王記12:15 母の日です。教会ではファミリー礼拝を持ちます。 どんなに平和な時代でも、家庭やコミュニティの中に争いや悲劇が起こることがあります。 反対に、時代がどんなに悪くても、家庭やコミュニティの中に平和をつくることは可能です。 イスラエルとユダの2つの王国に分裂し、悪い時代でした。 それでも、忠実に働く人がいて、金銭的にもクリーンに工事を行いました。 時代がどうであれ、私たちも平和をつくる者となることを求めましょう。 祈り:神様、世の中が暗く問題が多くても、主にある希望の光はいつも輝いています。キリストにあって、その光を反映する者とならせてください。アーメン

Ⅱ列王記7–9

通読:  Ⅱ 列王記 7–9;  ヨハネ . 1:1-28 「しかし、主はそのしもべダビデに免じて、ユダを滅ぼすことを望まれなかった。主はダビデとその子孫に常にともしびを与えると彼に約束されたからである。」 Ⅱ 列王記8:19 ひとことで言えば、とんでもない王たちの入れ替わりです。 国を堕落させ、滅亡に追い込むような人物も出てきます。 しかし、ダビデとの約束を神様は守られました。 神様は約束を決して破ることがありません。 聖書に書かれている、私たちへの神の約束もまた、真実です。 どのみことばの約束に信頼していますか。 祈り:神様、みことばを握って歩むことができますように。あなたこそ私たちの希望です。「わたしはすでに世に勝った」と言われたイエス様の勝利に感謝します。アーメン

Ⅱ列王記4–6

通読:  Ⅱ 列王記 4–6;  ルカ  24:36-53 「すると彼は、『恐れるな。私たちとともにいる者は、彼らとともにいる者よりも多いのだから』と言った。」 Ⅱ 列王記6:16 エリシャが行った奇跡は、イエス・キリストの地上でのわざに通じるところがあります。 4章:油、子どもの癒し、解毒、大人数の給食 5章:ナアマンの癒し 6章:斧の発見、アラム軍の撃退 もっとも、イエス・キリストはご自身が神であり、神の御力で行われました。 対して、エリシャは主の力と霊により、主のみこころを行いました。彼自身の力ではありませんでした。神が、エリシャという人を用いて栄光を現されたのでした。 私たちは、力も能力も限られています。 しかし、無限の力のある主に頼り、祈り求めることはできます。 今日も主は生きておられます。 そして、奇跡や主の不思議なわざも、超自然的に、あるいは人を通して行われています。 あきらめずに祈りましょう。 祈り:神様、あなたは生きておられます。エリシャの時代と変わらず、今もすべてを支配しておられます。主のみこころを行ってください。今日も救われる人が起こされるよう、私たちに熱い願いを起こしてください。トラクトやチラシ、ホームページを用いてください。アーメン

Ⅱ列王記1–3

通読:  Ⅱ 列王記 1–3;  ルカ . 24:1-35 「ヨシャファテは言った。『ここには、主のみこころを求めることができる主の預言者はいないのですか。』すると、イスラエルの王の家来の一人が答えた。『ここには、シャファテの子エリシャがいます。エリヤの手に水を注いだ者です。』」列王記 第二 3:11 ここで、見習うことのできる点がいくつかあります。 ・ヨシャファテ王は、戦いの前に主のみこころを求めた。 ・エリヤは、後継者エリシャを教え、主の働きができるよう訓練していた。 ・エリシャは、主の召しによって立たされ、確信をもって働いていた。 ・家来は、主の預言者として立てられている人物を即答できた。 教会やミニストリーでも、必ず交代の時期はやってきます。 後継者といって軽く扱わず、たとえ頼りなく思えても、主が立てられた器を尊重する謙遜さを身に付けましょう。 また、今はクリスチャン一人一人が主のみこころを求めることができます。 ヨシャファテ王のように、危急の時だからこそ主に求め、みこころに従う態度でいましょう。 祈り:神様、どんな時でもあなたの御顔を求めたいです。変化の時、窮地に立った時、交代の時、あなたのみこころに従う謙遜さと従順さを与えてください。アーメン 「これは主の目には小さなことです。主はモアブをあなたがたの手に渡されます。(3:18 )」

Ⅰ列王記21–22

通読:  Ⅰ 列王記 21–22;  ルカ . 23:26-56 「あなたは、アハブがわたしの前にへりくだっているのを見たか。彼がわたしの前にへりくだっているので、彼の生きている間はわざわいを下さない。しかし、彼の子の時代に、彼の家にわざわいを下す。」 列王記 第一 21:29 ひどいことばかりしてきたアハブに、神様のあわれみがそれでもあることに驚きます。 「7を70倍するまでゆるしなさい」と言われたキリストのことばを思い起こします。 祈り:神様、あなたの忍耐深さとあわれみに感謝します。私が赦されたように、私も他の人をゆるすことができますように。アーメン

Ⅰ列王記19–20

通読:  Ⅰ 列王記 19–20;  ルカ . 23:1-25 「エリヤはこれを聞くと、すぐに外套で顔をおおい、外に出て洞穴の入り口に立った。すると声がして、こう言った。『エリヤよ、ここで何をしているのか。』」 Ⅰ 列王記 19:13 バーンアウトして休んでいた時、テレビ音声や大きな音が耳ざわりで困りました。 エリヤが疲れきっている時、偉大な神が細い声で語られたとは、なんと優しく、すべてわかってくださる方でしょうか! エリヤにいきなり次のミッションを命じるのでなく、「ここで何をしているのか」と尋ねてくださる深い配慮も感じます。 エリヤが自分のアイデンティティーと使命を再び確認できるよう、押し付けず導いてくださったのです。 祈り:神様、あなたの優しさと愛は、どんな疲れきっている人でも安らぎを得ることができます。周りの人にこの主を紹介できる機会を与えてください。アーメン

Ⅰ列王記16–18

通読: Ⅰ 列王記 16–18;  ルカ . 22:47-71 「エリヤを通して言われた主のことばのとおり、かめの粉は尽きず、壺の油はなくならなかった。」列王記 第一 17:16 主は、預言者エリヤをまず烏によって養われました。 次いで、名もないやもめによって。 真実な主の備えを体験したことで、彼はいっそう主に信頼したことでしょう。 彼はやがてバアルの預言者と対決しました。 一歩ずつ、主は備えてくださいます。 このやもめも、対決を見ていた民衆もまた、主の偉大さを目の当たりにしました。 私たちにもまた、主は備えてくださいます。 祈り:神様、あなたの備えに信頼したいです。少しずつ体験を通し、みことばを通し、信仰を与えてください。アーメン

Ⅰ列王記14–15

通読:    Ⅰ 列王記 14–15;  ルカ 22:21-46 「アサは父祖ダビデのように、主の目にかなうことを行った。...高き所は取り除かれなかったが、アサの心は生涯、主とともにあり、全きものであった。」列王記 第一 15:11,14 王たちの光と影…。分裂したイスラエル王国とユダ王国、それぞれの王の経緯が列挙されます。 歴史の勉強ではないので、一つ一つを覚える必要はありません。 でも、自分ならどう記録されたいかを考えつつ読むと、今日の生き方、自制することがわかってきます。 祈り:神様、あなたの目にかなう日々を歩めますように。聖書の人物から学ばせてください。アーメン

Ⅰ列王記12–13

通読: Ⅰ 列王記 12–13;  ルカ 22:1-20 「彼は、自分で勝手に考え出した月である第八の月の十五日に、ベテルに造った祭壇でいけにえを献げた。このように、彼はイスラエルの人々のために祭りの日を定め、祭壇でいけにえを 献げ、香をたいた。」 Ⅰ 列王記 12:28 王国が分裂しました。 ソロモンの側近の知恵を聞かなかったレハブアム王も、偶像礼拝を始めたヤロブアム王も、どっちもどっちです。 ソロモンの栄華の次の代に、早くもこのような堕落が起こりました。 人の心とは、なんと弱く変わりやすいものでしょう。 さらに、争いと偶像礼拝という負の遺産が、次の代にも引き継がれていきます。 今の教会堂が建った時、文字通り命がけで祈りささげた人たちの信仰がありました。 50周年を迎えた今年、前世代のそのような信仰の経緯を知ることができて幸いです。 私たちもまた、次の世代に信仰の遺産を残したいものです。 祈り:神様、前世代の信仰を感謝します。私たちも、主のよくしてくださったことを次の世代に伝えることができますように。アーメン

Ⅰ列王記10–11

通読: Ⅰ 列王記 10–11、  ルカ 21:20-38 「ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々の方へ向けたので、彼の心は父ダビデの心と違って、彼の神、主と一つにはなっていなかった。」 Ⅰ 列王記11:4 ソロモンほどの知恵のあった王が、女性たちの影響で没落していく様子が記されています。 周囲に敵が起こり、ソロモンの身辺も穏やかでなくなります。 主の警告があった(11:9-10)のに、Finishing well(良い終わりかた)をすることができませんでした。 これは、私たちへの深い教訓です。 Finishing wellの大切さを知り、願い求めること。 素晴らしい才能や業績、知恵や賢さがあっても、人は弱いと知ること。 謙遜に主の警告を聞き、向きを変えること。 祈り:神様、人間の弱さとはかなさを覚えます。与えられているものを感謝して受け取りつつ、キリストから目を離さないように助けてください。アーメン

Ⅰ列王記 8–9

通読: Ⅰ 列王記  8–9;  ルカ . 21:1-19 「それで私の父ダビデの心にはいつも、イスラエルの神、主の御名のために家を建てたいという思いがあった。」 列王記 第一 8:17 昨日の聖会で引用された聖句の一つでした。 キリストの満ちる教会、それを建て上げることをいつも考えていたご両親のことをあかしされていました。 ソロモンは、父ダビデの願いを自分の思いとしました。 前の世代の方たちが願い祈り続けた教会は、キリストの満ちる主の家です。 だから、私たちもキリストにある教会を愛することをわが思いとし、祈っていきたいのです。 祈り: 神様、キリストのからだである教会を愛し、霊の家族として互いに赦し合う群れとしてください。アーメン