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I歴代誌13-15

通読:  I歴代誌13-15 ;  ヨハネ . 7:1-27  「全イスラエルは歓声をあげ、角笛、ラッパ、シンバルを鳴らし、琴と竪琴を響かせて、主の契約の箱を運び上げた。」歴代誌第一 15:28 「急(せ)いては事をし損じる」ということわざがあります。 急いで何かをすると失敗するものだ、と、軽はずみにあわてる行動を戒めるものです。 13~15章は、ダビデが主の契約の箱を運ぶことについて記録されています。 王権と契約の箱とは密接に関連していました。 性急に移動しようとした13章では、神の定めた方法を取りませんでした。 そのため、ウザが箱に触れて死ぬという悲しい結果に終わりました。 15章では、改めてレビ人が招集され、民数記4章に書かれた手順に従って運搬されました。 私たちも、良さそうに見えるから、できそうだから、と、自分の力だけに頼って飛びつくと失敗します。 祈り、心を整え、神のタイミングと方法に期待して歩みましょう。 祈り:神様、あのこと、このことが気がかりで、デボーションよりも先走ってしまいそうになります。まずあなたの前に心静め、与えられた残りの時間であなたが私にせよと言われることに落ち着いて取り組ませてください。アーメン

I歴代誌10–12

通読:   I歴代誌 10–12;  ヨハネ . 6:45-71  「そのとき、御霊が補佐官の長アマサイをおおった。『ダビデよ、私たちはあなたの味方。エッサイの子よ、私たちはあなたとともにいる。平安があるように。あなたに平安があるように。あなたを助ける者に平安があるように。まことにあなたの神はあなたを助ける。』ダビデは彼らを受け入れ、部隊のかしらとした。」歴代誌第一 12:18 もともと歴代誌は、捕囚から帰還した人々に向けて書かれました。 捕囚の間も帰還してからも、苦しい生活が続いていました。その中で、主が歴史を支配しておられるという励ましを受けたことでしょう。 旧約時代にも、聖霊は豊かに働いておられました。特定の人に臨み、ここではアマサイという人物を通してダビデを、そしてそれを読む読者を励ましています。 まもなくペンテコステです。 聖霊が信じるすべての人に与えられる時代に、私たちは生きています。 主の霊はおどろおどろしいものではなく、励ましと平安を与える方です。この方ともっと親しくなり、日々導きを受け取っていきましょう。 祈り:神様、あなたが与えてくださる平安と励ましを感謝します。聖霊について、その働きについて、純粋な心でもっと理解できるよう助けてください。アーメン 彼らに近い者たちも、イッサカル、ゼブルン、ナフタリに至るまで、ろば、らくだ、らば、牛に載せて食べ物を運んで来た。小麦粉の菓子、干しいちじく、干しぶどう、ぶどう酒、油、牛、羊などが数多くあった。イスラエルに喜びがあったからである。( 歴代誌 第一 12:18,40 SKY17 )

I歴代誌7–9

通読:  I歴代誌 7–9;  ヨハネ . 6:22-44 「レビ人の一人、コラ人シャルムの長男とマティテヤは、平たい菓子を作る務めを任された。また、ケハテ族の彼らの同胞のうちには、並べ供えるパンを担当し、安息日ごとに用意する者たちもいた。歴代誌 第一 9:31-32 」 さまざまな主の宮の奉仕がありました。 目立つ奉仕もあれば、ほとんど人目にふれないようなものもありました。 私たちも同じです。目立たない奉仕や働きで、「あの人のようになれない」とがっかりすることがあるかもしれません。 けれども、主がくださった賜物、割り当ててくださった働きなら、それが最もふさわしく、深い喜びの人生になります。 比較のわなにはまらないよう、今日の私が置かれた状況をぐるりと見渡してみましょう。 感謝できることが、一つ、二つと見えてきます。 祈り:神様、あなたの与えてくださったものを喜び受け取ります。他の人のようでなくても、私に与えられた環境と機会を、喜びをもって味わいます。比較のわな、羨みの罪から守ってください。アーメン

I歴代誌4–6

通読:   I歴代誌 4–6;  ヨハネ . 6:1-21 「ユダの子は、ペレツ、ヘツロン、カルミ、フル、ショバル。」  I歴代誌 4:1 「シメオンの子は、...」(4:24) 「イスラエルの長子ルベンの子孫。」(5:1) 「ガドの子孫は、...」(5:11) 「レビの子は、...」(6:1) アブラハムの孫ヤコブ(イスラエル)の子どもたちそれぞれの系図が記されます。 歴代誌は、捕囚で異教徒に支配され、神の民であるという自覚が揺らぎ、礼拝もおろそかになっていた人たちへの励ましでした。 どの部族に属していても、名を呼ばれ、自分のアイデンティティを確認しました。 私たちも、信仰によってアブラハム契約を受け継ぐ者となりました。 周囲の状況がどうあれ、神様は今日も私たちの名を呼んでくださいます。 祈り:神様、自分が何者かわからなくなるような時、孤独の時、あなたが名前を呼んでくださることに感謝します。神の民として歩む励ましを、私にも日々与えてください。アーメン

I歴代誌1-3

通読:  I歴代誌 1–3;  ヨハネ 5:25-47  「アダム、セツ、エノシュ、」 歴代誌 第一 1:1 歴代誌の始まりは系図が延々と続きます。 退屈だなあ…と思うかもしれません。 その初めは最初の人類、アダムです。 ということは、すべての人類に関係があります。 この系図がダビデへとつながり、そこからイエス・キリストの系図へと続きます。 つまり、すべての人の永遠のいのちにも関係があります。 祈り:神様、人類の歴史を貫く神の壮大な救いの計画を覚えて感謝します。アーメン

Ⅱ列王記24–25

通読:Ⅱ列王記24–25; ヨハネ5:1-24 「ユダの王エホヤキンが捕らえ移されて三十七年目の第十二の月の二十七日、バビロンの王エビル・メロダクは、王となったその年のうちにユダの王エホヤキンを牢獄から呼び戻し、優しいことばをかけ、バビロンで彼とともにいた王たちの位よりも、彼の位を高くした。彼は囚人の服を脱ぎ、その一生の間、いつも王の前で食事をした。」Ⅱ列王記25:27-29 あれだけ神様からの警告があったのに、それを無視して偶像礼拝と退廃に陥った国は滅び、人々はバビロン捕囚となりました。 「神が愛なら、どうしてそんな目にあわせるのだ」と言うでしょうか? 神様は預言者を立てておられました。 それなのに、「王がほしい」と言い出したのは人の側でした。 警告をたびたびなさいました。 それなのに、聞かなかったのも人の側でした。 国が滅びて終わりでしょうか? いえ、この後に回復がやってきます。 神のあわれみは尽きません。 歴代誌では、列王記と同じ時代を信仰と神の宮の視点から再度見ます。 祈り:神様、絶望の中にも主の希望があることを教えてくださり、感謝します。今日直面している難問や試練の中にも脱出の道がある(1コリント10:13)ことを受け取ります。アーメン

Ⅱ列王記22–23

通読: Ⅱ列王記22–23; ヨハネ4:31-54  「主を求めるためにあなたがたを遣わしたユダの王には、こう言いなさい。『...そのとき、あなたは心を痛めて主の前にへりくだり、自分の衣を引き裂いてわたしの前で泣いたので、わたしもまた、あなたの願いを聞き入れる──主のことば──。それゆえ、見よ、わたしはあなたを先祖たちのもとに集める。あなたは平安のうちに自分の墓に集められる。...』」列王記第二 22:18-20 わずか8歳で王になったヨシヤでしたが、その治世は主のこころにかないました。 発見された主のおしえの書を読み、悔い改めて従おうとしました。 その姿勢に、主はヨシアの生涯を守ると言われました。 ともすれば、自分が安泰ならそれでよし、となりそうです。 しかし、ヨシヤは違いました。 さらに続いて、国を主のみこころに沿うよう改革していきました。 「ヨシヤのようにモーセのすべての律法にしたがって、心のすべて、たましいのすべて、力のすべてをもって主に立ち返った王は、彼より前にはいなかった。彼の後にも彼のような者は、一人も起こらなかった。(23:25)」 ヨシヤのように、信仰者として周囲にも、社会にも、主の平和をもたらす者となれますように。 祈り:神様、私を自己中心のわなから救ってください。周囲や社会に平和をつくる者として、あなたのみこころのために用いてください。アーメン

Ⅱ列王記19–21

通読: Ⅱ列王記19–21; ヨハネ4:1-30  「ヒゼキヤは、使者の手からその手紙を受け取って読み、主の宮に上って行き、それを主の前に広げた。ヒゼキヤは主の前で祈った。」列王記 第二 19:14 クレームや誹謗中傷の手紙やメール、SNSの投稿を受け取ったことがありますか? 文字通り頭がくらくらし、心は傷つきパニックになります。 敵からの手紙を読んだヒゼキヤも、同じような気持ち だったでしょう。 しかも、彼には国を率いる責任がありました。 彼はどうしたか。 「主の宮に上って行き、それを主の前に広げた。ヒゼキヤは主の前で祈った」のでした。 「…主よ。御耳を傾けて聞いてください。主よ。御目を開いてご覧ください。生ける神をそしるために言ってよこしたセンナケリブのことばを聞いてください」(19:16)と、問題を主の元に持っていき、訴えました。 どうしようもない時、今日も主が聞いて介入してくださいます。 祈り:神様、自分でどうすることもできない辛い時でも、あなたの元にすべて持っていき、心を注ぎ出せることを感謝します。あなたこそ盾です。私を、家族を、教会をお守りください。アーメン

Ⅱ列王記17–18

通読: Ⅱ列王記17–18; ヨハネ. 3:19-36  「彼はイスラエルの神、主に信頼していた。彼の後にも前にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった。」Ⅱ列王記18:5 北イスラエルは、とうとうアッシリアによって征服されてしまいます。 一方、南ユダでは同じ頃、主を信頼するヒゼキヤ王が即位しました。 アッシリアが攻めてきてピンチが迫る、というのが今日の箇所です。 (もちろん、ヒゼキヤ王はこの難局を主の助けで乗り越えるのですが...) ヒゼキヤが主の信頼してリーダーシップをとったように、今も信仰によってリーダーシップをとるリーダーが求められています。 ヒゼキヤの建造した水路は、現在まで残っています。 彼の生涯の見習うべき点を、もう少し読んでいきましょう。 祈り:神様、あなたを信頼するリーダーが起こされますように。リーダーシップをゆだねられている信仰者一人一人が主の知恵に満たされ、置かれた場所で祈りつつ仕えることができますように。アーメン

Ⅱ列王記15–16

通読:  Ⅱ 列王記 15–16;  ヨハネ 3:1-18 「主がかつてエフーに告げられたことばは、『あなたの子孫は四代までイスラエルの王座に着く』ということであったが、はたして、そのとおりになった。」 Ⅱ 列王記 15:12 北のイスラエル王国と南のユダ王国の王朝史が交互に記されているので、二重に歴史を読んでいる感じがすると思います。 エフーは北イスラエルで28年間王でした(10:36)。バアル崇拝のリーダーたちを滅ぼし ました。歴代誌第二でもまた登場します。 主が彼に約束されたことは、「はたして、そのとおりにな」りました。 王位交代が入り乱れ、国としては弱っていく中で、神のことばは間違いなく成就していきました。 私たちの歩みにも、時に予想外の波瀾万丈な出来事があるかもしれません。 それでも、主は変わりなく治め、私たちを見捨てることはありません。 人が私たちを見捨てたように思っても、この主に期待していれば大丈夫です。 祈り:神様、あなたの約束の確かさを覚えて感謝します。主のご計画と愛は変わらず、私を見捨てることもなさいません。あなたに頼ることができる幸いに感謝します。アーメン

Ⅱ列王記13–14

通読:  Ⅱ 列王記 13–14;  ヨハネ 2 「こうして、エリシャは死んで葬られた。モアブの略奪隊は、年が改まるたびにこの国に侵入していた。」 Ⅱ 列王記 13:20 「ユダの民はみな、当時十六歳であったアザルヤを立てて、その父アマツヤの代わりに王とした。」 Ⅱ 列王記 14:21 預言者エリシャは北王国のイスラエルで働き、死にました。 南王国ユダではアマツヤが死に、アザルヤ(ウジヤ)王が即位しました。イザヤ書に出てくる王です。 「彼(北王国のヤロブアム2世)は、レボ・ハマテからアラバの海までイスラエルの領土を回復した。それは、イスラエルの神、主が、そのしもべ、ガテ・ヘフェル出身の預言者、アミタイの子ヨナを通して語られたことばのとおりであった。」(14:25) アミタイの子ヨナとは、ヨナ書に出てくる人物です。 列王記や歴代誌には、様々な人名が出てきます。 旧約聖書の後半にある預言書、その預言者たちのほとんどがこの時代に働きました。 後半の預言書を読む時には、今読んでいる背景があるのだと思い出してみましょう。 困難な中でも神のことばを伝え生き抜いた彼らの姿勢が、今日の私たちへの励ましとなることでしょう。 祈り:神様、昔も今も試練を通った信仰者がいることを覚えます。知的な理解で済ませるのでなく、霊で理解できますように。聖書の励ましを、実生活に適用することを教えてください。アーメン

Ⅱ列王記10–12

通読:  Ⅱ 列王記 10–12;  ヨハネ 1:29-51 「また、工事する者に支払うように金を渡した人々が精算を求められることはなかった。彼らが忠実に働いていたからである。」  Ⅱ 列王記12:15 母の日です。教会ではファミリー礼拝を持ちます。 どんなに平和な時代でも、家庭やコミュニティの中に争いや悲劇が起こることがあります。 反対に、時代がどんなに悪くても、家庭やコミュニティの中に平和をつくることは可能です。 イスラエルとユダの2つの王国に分裂し、悪い時代でした。 それでも、忠実に働く人がいて、金銭的にもクリーンに工事を行いました。 時代がどうであれ、私たちも平和をつくる者となることを求めましょう。 祈り:神様、世の中が暗く問題が多くても、主にある希望の光はいつも輝いています。キリストにあって、その光を反映する者とならせてください。アーメン

Ⅱ列王記7–9

通読:  Ⅱ 列王記 7–9;  ヨハネ . 1:1-28 「しかし、主はそのしもべダビデに免じて、ユダを滅ぼすことを望まれなかった。主はダビデとその子孫に常にともしびを与えると彼に約束されたからである。」 Ⅱ 列王記8:19 ひとことで言えば、とんでもない王たちの入れ替わりです。 国を堕落させ、滅亡に追い込むような人物も出てきます。 しかし、ダビデとの約束を神様は守られました。 神様は約束を決して破ることがありません。 聖書に書かれている、私たちへの神の約束もまた、真実です。 どのみことばの約束に信頼していますか。 祈り:神様、みことばを握って歩むことができますように。あなたこそ私たちの希望です。「わたしはすでに世に勝った」と言われたイエス様の勝利に感謝します。アーメン

Ⅱ列王記4–6

通読:  Ⅱ 列王記 4–6;  ルカ  24:36-53 「すると彼は、『恐れるな。私たちとともにいる者は、彼らとともにいる者よりも多いのだから』と言った。」 Ⅱ 列王記6:16 エリシャが行った奇跡は、イエス・キリストの地上でのわざに通じるところがあります。 4章:油、子どもの癒し、解毒、大人数の給食 5章:ナアマンの癒し 6章:斧の発見、アラム軍の撃退 もっとも、イエス・キリストはご自身が神であり、神の御力で行われました。 対して、エリシャは主の力と霊により、主のみこころを行いました。彼自身の力ではありませんでした。神が、エリシャという人を用いて栄光を現されたのでした。 私たちは、力も能力も限られています。 しかし、無限の力のある主に頼り、祈り求めることはできます。 今日も主は生きておられます。 そして、奇跡や主の不思議なわざも、超自然的に、あるいは人を通して行われています。 あきらめずに祈りましょう。 祈り:神様、あなたは生きておられます。エリシャの時代と変わらず、今もすべてを支配しておられます。主のみこころを行ってください。今日も救われる人が起こされるよう、私たちに熱い願いを起こしてください。トラクトやチラシ、ホームページを用いてください。アーメン

Ⅱ列王記1–3

通読:  Ⅱ 列王記 1–3;  ルカ . 24:1-35 「ヨシャファテは言った。『ここには、主のみこころを求めることができる主の預言者はいないのですか。』すると、イスラエルの王の家来の一人が答えた。『ここには、シャファテの子エリシャがいます。エリヤの手に水を注いだ者です。』」列王記 第二 3:11 ここで、見習うことのできる点がいくつかあります。 ・ヨシャファテ王は、戦いの前に主のみこころを求めた。 ・エリヤは、後継者エリシャを教え、主の働きができるよう訓練していた。 ・エリシャは、主の召しによって立たされ、確信をもって働いていた。 ・家来は、主の預言者として立てられている人物を即答できた。 教会やミニストリーでも、必ず交代の時期はやってきます。 後継者といって軽く扱わず、たとえ頼りなく思えても、主が立てられた器を尊重する謙遜さを身に付けましょう。 また、今はクリスチャン一人一人が主のみこころを求めることができます。 ヨシャファテ王のように、危急の時だからこそ主に求め、みこころに従う態度でいましょう。 祈り:神様、どんな時でもあなたの御顔を求めたいです。変化の時、窮地に立った時、交代の時、あなたのみこころに従う謙遜さと従順さを与えてください。アーメン 「これは主の目には小さなことです。主はモアブをあなたがたの手に渡されます。(3:18 )」