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出エジプト記39-40

通読:  出 39-40、マタイ23:23-39           「イスラエルの子らは、旅路にある間、いつも雲が幕屋から上ったときに旅立った。雲が上らないと、上る日まで旅立たなかった。」 出エジプト記 40:36-37  幕屋の完成とともに、主の栄光の雲がそこに満ちました。 あまりにも栄光が満ちたので、モーセは会見の天幕に入ることがてきませんでした(35節)。 この同じ主が、私たちを愛し、救い、そのきよい霊で満たしてくださいます。 エジプトを出た民は、主の臨在の雲に導かれました。主の栄光を見上げつつ旅をしました。 私たちも聖霊に導かれる人生の旅ができたら幸いです。 ある時は進み、ある時は立ち止まり…、 主とともに旅をする、ひとりぼっちでない歩みです。 祈り:神様、あなたが共におられ導いてくださる旅に感謝します。聖霊の暖かい慰めに励まされて歩みます。この人生を主の栄光のために用いてください。アーメン

黙示録3

「見よ、わたしは戸の外に立ってたたいている。だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその人のところに入って彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」黙示録3:20 ある家を訪問して、「家の中が散らかっているのでちょっと待ってください」と、外で長い間待たされてたことがありますか。 思わず「そのままでいいですよ。それより、中に入れてくださるなら掃除を手伝いましょうか」と言いたくなったかもしれません。 イエス様が心の戸を「たたいている」とき、すぐに開けることができるでしょうか。 心の中を自分で片付けようとしても、うまくいきません。むしろイエス様に入ってもらい、片付けて頂くことが近道です。 どんなに散らかっていても、心の戸を開けて受け入れる人を、イエス様は喜んでくださいます。 「わたしは愛する者をみな、叱ったり懲らしめたりする。だから熱心になって悔い改めなさい。(19節)」 祈り:神様、混乱と不安な心に、イエス様が入ってくださって感謝します。イエス様が私の心を治めてください。アーメン

Ⅰヨハネ3

「兄弟を憎む者はみな、人殺しです。あなたがたが知っているように、だれでも人を殺す者に、永遠のいのちがとどまることはありません。 」Ⅰヨハネ3:15 今の働きに入るずっと昔のことです。 教会の中で、ある人が辛く当たって来られました。 良い友だと思っていたのにショックでした。 ショックは怒りに変わり、その人を憎む思いにさえなりました。 その時、雷のようにこのみことばが心に響きました。 打たれた、といった方が正確です。 自分が罪人だとひしひし感じました。 「キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。それによって私たちに愛が分かったのです。ですから、私たちも兄弟のために、いのちを捨てるべきです。(16節)」 愛を与えてくださったイエ様に感謝します。 祈り:神様、あなたの愛を感謝します。あなたが私の罪を赦してくださったので、私も同じように人をゆるす者にしてください。あわれみ深く、寛容な心を与えてください。アーメン

Ⅱテモテ3

「また、自分が幼いころから聖書に親しんできたことも知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えて、キリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができます。」Ⅱテモテ3:15 教会に来られた人が、 「幼い頃、一度だけ子どものイベントに行きました」とか、 「薄い聖書を見かけたことがあります」 と言われることがあります。 聖書のことばは文字であれ音声であれ、力があります。 本人が忘れていても心の底にとどまり、キリストの福音による救いへとつながることがあります。 祈り:神様、聖書のことばが救いに導くことに感謝します。私も様々な方法を通して、聖書のことばそのものを紹介できますように。アーメン

ガラテヤ4

「ですから、あなたはもはや奴隷ではなく、子です。子であれば、神による相続人です。」ガラテヤ4:7 律法の下ではなく、キリストの十字架の救いの下にあることが、どれほど素晴らしいか。 同時に、奴隷の身分から「子」になり、正式な相続権を持つ身分となったと言えます。 自由の素晴らしさを知ったら、また奴隷になりたいと思う人はいません。 しかし、私たちは時に律法的になったり古い肉の性質に戻ったりしてしまうことがあります。 神はそのこともご存知です。私たちの心に光を当て、気づきを与えてくださいます。 がっかりせず、聖霊による助けを求め感謝しましょう。 祈り:神様、私たちを一歩一歩導いてくださり感謝します。聖化の途上にある私たちです。私の心に光を当てて探り、聖霊が優しく気づきを与えてください。アーメン

ガラテヤ1

「人々から出たのではなく、人間を通してでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神によって、使徒とされたパウロと、」ガラテヤ1:1 ガラテヤの人々に、パウロは自分をこのように紹介し始めます。 人間の努力や重用によってでなく、ただキリストと父なる神によって、自分が使徒として召されたのだ、と。 この章を読み進めると、パウロがこれまでの自分の歩みを書いているのがわかります。 かつてはクリスチャンを迫害していたこと。 救われてもその後、アラビアの荒野で訓練され、そしてようやくエルサレムに行ったこと。 自分のことは噂でしか知られていなかったこと、などです。 パウロは人に評価されることより、福音の恵みをただ伝えることに価値を置いていました。 私たちはいろいろなしがらみの中で生きています。 自分の働きが横取りされたり、正当に評価されなかったりということもあります。 仕事だけでなく、奉仕や兄弟姉妹のかかわりの中でも同じように感じることがあるかもしれません。 しかし、神がパウロをよく知っておられ、彼でなければできない働きに召されたように、 神は私たち一人ひとりをよく知っておられ、その人でなければできない働きに召してくださっています。 私にとって、あなたにとって、それはどんなことでしょうか。 祈り:神様、私の存在に価値があると言ってくださり、ありがとうございます。 あなたが私に望まれる生き方、奉仕へと導いてください。今日もみこころに沿った一日を生きることができますように。アーメン

ヨハネ11

「イエスは彼女に言われた。『わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。』」ヨハネ11:25 葬儀前の家族の状態を想像してください。喪失感と、泣いている暇がないあわただしさと、状況がまだ現実味を帯びない混乱した心の中です。 イエス様が2日も来られなかったので「どうしてもっと早く来なかったのですか」と言いたい気持ちもあったと思われます(21節)。 けれども、イエス様は「この病気は死で終わるものではなく、神の栄光のためのものです」と言われました(4節)。 ラザロは癒されました。しかしそうでなくても、「死で終わるものではな」いのです。 「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです」と言われたイエス様のことばは、今の私たちにも当てはまります。 祈り:神様、あなたのよみがえりと永遠のいのちの約束を感謝します。主のもとに希望があります。喪失感の中にある___さん、___さんに、主の深い慰めと希望がありますように。アーメン

マタイ16

「そのときからイエスは、ご自分がエルサレムに行って、長老たち、祭司長たち、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、三日目によみがえらなければならないことを、弟子たちに示し始められた。」マタイ16:21 イエス様はご自身が十字架にかかられ、よみがえられることをすでに知っておられました。 また、ご自身がキリストであることも弟子たちに明らかにされました。 ふり返る時、弟子たちにはそのことが理解できました。しかし、この時にはあまりよくわからなかったようです。 今の私たちは、キリストの十字架と復活の意味が聖書によって明らかにされています。それを信じ受け入れるだけでよいという、恵まれた時代に生かされています。 明日はイースター(復活際)です。日本でもだんだんと知られるようになりましたが、お祭りとか年中行事と捉えがちです。 ひとりでも多くの人が、本当の意味と救い主を知ることができますように。 祈り:神様、イースターがなぜ素晴らしい記念日なのか、知らない人がほとんどです。自然な会話ややり取りの中で、福音を分かち合う機会を与えてください。アーメン

マタイ11

「この人こそ、 『見よ、わたしはわたしの使いを あなたの前に遣わす。 彼は、あなたの前にあなたの道を備える』 と書かれているその人です。」マタイ11:10 イエス様は、バプテスマのヨハネについてこのように言われました。 旧約聖書のマラキ書3章を引用されたのです。 マラキ書では、主が現れる前にこの人物が来ると述べられています。 つまり、イエス様はご自身が旧約聖書の成就であること、そして主であることを明らかにされたわけです。 このことを信じるのは、幼子のような心を持った人々でした(25節)。 私たちは、今日も幼子のような心でキリストを理解しようとしているでしょうか。 へりくつや理論に傾いた、小さな信仰になっていないでしょうか。 純粋な信仰で、主の守りとみわざを見る者となれますように。 祈り:神様、私に純粋な信仰を増し加えてください。また、イエス様の招きに、____さん、____さんが、幼子のように応答できますように。アーメン

黙示録22

「もはや夜がない。神である主が彼らを照らされるので、ともしびの光も太陽の光もいらない。彼らは世々限りなく王として治める。」黙示録22:5 「いのちの木」という賛美の中に、 「もはや夜がない 主の光の中 いのちの木の 豊かさ知る」 という歌詞があります。 いのちの木は創世記にも黙示録にも出てきます。 そのいのちは神である主ご自身が保っておられます。 夜の闇もなく、神の栄光の光が明るく照らす中で過ごす幸いを聖書は語ります。 今それを信じて平安を得るか、信じないで自分の常識の中だけで生きるか、選択は私たち次第です。 平安と幸いを今も、そして永遠も得ることができるようにと、主は招いておられます。 祈り:神様、あなたの平安と約束を信じる信仰を増し加えてください。____さん、____さんが一歩踏み出せますように。アーメン *明日から年末までは、新約聖書を通読予定です。

黙示録20

「また私は、死んだ人々が大きい者も小さい者も御座の前に立っているのを見た。数々の書物が開かれた。書物がもう一つ開かれたが、それはいのちの書であった。死んだ者たちは、これらの書物に書かれていることにしたがい、自分の行いに応じてさばかれた。」黙示録20:12 開かれたのは「いのちの書」でした。 「いのちの書」には、私たちの生涯の行いが書かれています。 その書に救われた者として名前が記されているなら、「イエス・キリストを信じた」ということのゆえに、すべての失敗や罪がゆるされ、御国に入る特権が与えられています。 もっとも、天での報いは様々のようです。 天だけではなく、この地上の生涯も同様です。 「死ぬ直前に信じたらいいや」と言わず、今日信仰を持ち主に従って歩むことで、どれだけ豊かな人生が送れることでしょう。 祈り:神様、信仰を躊躇している人が今日決心し、イエスキリストを信じることができますように。豊かな人生の秘訣である聖書に触れることができますように。アーメン

黙示録19

「また、御座から声が出て、こう言った。『神のすべてのしもべたちよ、 神を恐れる者たちよ、 小さい者も大きい者も 私たちの神を賛美せよ。』」黙示録19:5 日曜礼拝の前半では、皆がそろって礼拝に参加します。子どもメッセージを聞き、ともに賛美をします。 年齢にかかわらず共に礼拝する姿は、天国の前味のようです。 御座から「小さい者も大きい者も私たちの神を賛美せよ」という声が聞こえた時、 天国で同じ喜びの姿が見られるのだと思うと、何だか嬉しくなります。 そして、今の日常の中で、すでに同じような機会があることは感謝の驚きです。 祈り:神様、あなたをやがて御国で賛美するように、教会に集い礼拝できることに感謝します。赤ちゃんから100歳を越える人まで、主の前に共に集まる恵みを味わいます。アーメン

黙示録18

「彼らは頭にちりをかぶり、泣き悲しんで叫んだ。『わざわいだ、わざわいだ、大きな都よ。海に船を持つ者たちはみな、ここでその繁栄から富を得ていたのに、その都が一瞬にして荒れ果ててしまうとは。』」黙示録18:19 バビロン(神に反逆する繁栄や贅沢な都)は滅ぼされます。 しかも一瞬のうちに。 民や王たち、商人や船長、水夫たちも嘆きます。 なぜなら、彼らに儲けをもたらしていたものが消え去ってしまったからです。 お金や持ち物だけに価値を置いていた人たちには、すべてがなくなってしまったと感じられました。 神抜きで過ごしているなら、確かにそうです。 地上のどんなものも、永遠に続くことはありません。 しかし、福音を知っている者には望みがあります。それはお金では買えない救いと永遠のいのちです。 イエス・キリストと神のことばは変わりません。 そして、それこそが私たちの頼みであり、人生の希望です。 祈り:神様、Living Hope(人生の希望)という賛美を歌う時、あなたの元にいる安心と変わらない希望を覚えます。礼拝や集会で賛美する時、歌詞の意味をかみしめ、宣言することができますように。主の勝利と希望の宣言として賛美できるよう、私の口をゆだねます。アーメン

黙示録17

「彼らは子羊に戦いを挑みますが、子羊は彼らに打ち勝ちます。子羊は主の主、王の王だからです。子羊とともにいる者たちは、召されて選ばれた忠実な者たちです。」」黙示録17:14 獣(サタン)におもねた地上の王は、子羊(キリスト)に戦いを挑みます。 しかし勝利は子羊にあります。 キリストは主の主、王の王です。 そして、主に従った人たちは子羊と共にいるというのです。 島流しされ、親しんだ教会や人々から切り離されたヨハネにとって、これは大きな希望と慰めだったでしょう。 そして、今の私たちにとってもこれは希望と慰めです。 すでに地上生涯を終えた信仰者と再会し、何より子羊イエス・キリストと共にその勝利にあずかることができると約束されています。 祈り:神様、あなたが与えてくださった希望を確認し宣言します。年度末で忙しい人、移動しなければならない人、疲れの出ている人に、主の希望と支えが与えられますように。アーメン

黙示録16

「また私は、水をつかさどる御使いがこう言うのを聞いた。『今おられ、昔おられた聖なる方、 あなたは正しい方です。 このようなさばきを行われたからです。』」黙示録16:5 神を信じない者、冒涜する者に対してのさばきが行われます。 7つのさばきが出てきます。 ・悪性の腫れ物 ・海が血のようになる ・川と水源が血になる ・太陽の炎熱 ・闇 ・水が涸れる ・雷と地震、天変地異 出エジプト記のさばきと似たものがあることに気づきます。 旧約聖書でも、神のさばきは何度も悔い改めの機会があったのに悔い改めない、かたくなな人々に対してでした。神を信じる人は脱出への道が備えられていきました。 恐れるな、神が脱出の道を用意してくださっていることが、聖書のメッセージです。 祈り:神様、目に見えて起こる状況に怖くなるときがあります。でも、あなたに信頼していれば平安があることを学びました。どうか私の信仰を増し加えてください。アーメン

黙示録15

「主よ、あなたを恐れず、 御名をあがめない者がいるでしょうか。 あなただけが聖なる方です。 すべての国々の民は来て、 あなたの御前にひれ伏します。 あなたの正しいさばきが 明らかにされたからです。」黙示録15:4 キリストの御名を信じる者が天で賛美をささげる様子です。 地上では神のさばきが行われています。きっと大きな音が起こり、驚きと恐怖が反逆を続ける人にはあるでしょう。 それに比べ、主のみもとでは静かな、暖かい、そして深い平安のある光景が広がっています。 来るべき世界だけではなく、イエス・キリストを信じた者の心の中も同じだと思います。 外側には苦難や災難があっても、たましいは黙示録の描写のように深い平安が与えられています。 目に見える情報だけでなく、キリストにあるたましいの平安に意識を向けてみませんか。 祈り:神様、インターネットやニュースの情報、身辺の出来事ばかりに振り回されそうです。静まって、たましいの深いところに私の目を向けさせてください。キリストの福音によって与えられた平安と希望を、再確認できますように。アーメン

黙示録14

「また私は見た。すると見よ。白い雲が起こり、その雲の上に人の子のような方が座っておられた。その頭には金の冠、手には鋭い鎌があった。」黙示録14:14 天で権威を持っておられ、白い雲の上に座っておられる人の子が見えます。 その頭には金の冠~勝利とすべて支配される王としての輝き、 そして手には鋭い鎌~刈り取りに使われる道具、 がありました。 JS(中高生)キャンプが終わりました。 現地参加した人も、オンラインで共に参加した人も、祈りで支えた人も、主が良い方であることを改めて感じたことと思います。 すべての栄光と誉れを受け、地上にあわれみと義を実現してくださる方を知っているとは、なんという幸いでしょう。 価値観の揺らぐ世界にあって、変わらない主がおられます。 祈り:神様、私たちの人生の錨となり導いてくださることを感謝します。私たちが迷いそうになった時、あなたが私を造ってくださった目的を知り、変わらないお方に望みを置くことができますように。若い人も年配の人も、神様のデザインとご計画のうちに歩んでいく恵みに浸らせてください。アーメン

黙示録13

「ここに、知恵が必要である。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。それは人間を表す数字であるから。その数字は六百六十六である。」黙示録13:18 美術や宝石の鑑定士と言われる人たちは、本物と偽物を鋭く見分けます。 知識のない素人にはわからない違いを見つけ、偽物を見破ることができます。 キリストを主と信仰する人には、同様に見抜く知恵が与えられます。 獣(サタン)は人々を惑わし、自分たちを拝ませます(1~17節)。 偽の三位一体に思えるような関係を作ります。 でも、すべては偽り、惑わしです。 6は完全数の7に足りません。つまり、なにかが欠けており、似てはいても偽りなのです。 この世には、心の空洞を埋めてくれるかのような快楽や物質があふれています。 しかしそれでは本当の満足は得られません。 主イエス・キリストだけが、私たちを満たしてくださる方です。 そして、その方が私たちに知恵を与え、悪から守ってくださるのです。 祈り:神様、この世の一時的な快楽に惑わされることがないようにお守りください。イエス・キリストだけが完全なお方です。カルトや偽りの縛りに人々が惑わされることがありませんように。アーメン

黙示録12

「兄弟たちは、子羊の血と、 自分たちの証しのことばのゆえに 竜に打ち勝った。彼らは死に至るまでも 自分のいのちを惜しまなかった。」黙示録12:11 天に戦いが起こり、竜とその仲間は勝つことができませんでした。 そうして、とうとう彼らは天から投げ落とされます。 竜は「古い蛇」「悪魔とかサタンとか呼ばれる者」、創世記3章でアダムとエバを惑わした者です。「全世界を惑わす者」とも表現されています(9節)。 一見恐ろしく思えるサタンは、神の国では敗北する存在です。 そして、キリストを信じる「兄弟たちは、子羊の血と、自分たちの証しのことばのゆえに竜に打ち勝った」のです。 キリストの勝利はすでに確定しています。 サタンに惑わされることがないように。 霊の目を開き、今日行われている主の力強いみわざと限りないあわれみを見いだす者でありたいと思います。 祈り:神様、目先の情報や状況に惑わされず、あなたのご性質に信頼し目を留めることができますように。今、春のキャンプに参加している人たちが、楽しい中にも祈り合える信仰の友と出会い、何よりも主と親しく出会い霊的に成長することができますように。アーメン

黙示録11

「第七の御使いがラッパを吹いた。すると大きな声が天に起こって、こう言った。 『この世の王国は、 私たちの主と、そのキリストのものとなった。 主は世々限りなく支配される。』」黙示録11:15 黙示録を読み進めるにつれて、さばきや災害の描写が出てきます。 読む人に「こわがらないで、恐れないで」と声をかけたいです。 なぜなら、私自身が学生の頃、黙示録はよくわからない、恐ろしいという印象を抱いてしまったからです。 神に反逆する者に対してはさばきが行われます。 しかし、天では喜びの声が上がります。 地上にも、主キリストの素晴らしいご支配がやってきた、と。 そして、感謝と礼拝がささげられます。 当時は、この素晴らしい側面にあまり気づかず、悪へのさばきの記述ばかりが目に入っていました。 どこに目を留めるか、ということを問われているように思います。 天の御国と主の臨在に焦点を合わせ、礼拝する者となれますように。 祈り:神様、あなたの義と愛に感謝します。どんな時も恐れず、あなたのあわれみと守りに信頼できますように。この世の情報や楽しみに影響を受けやすい子どもや若い人たちが、主を知り主に目を留めることができますように。アーメン