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II列王記21

「マナセは、ユダに罪を犯させて、主の目に悪であることを行わせた罪だけでなく、咎のない者の血まで多量に流したが、それはエルサレムの隅々に満ちるほどであった。」II列王記21:16 ヒゼキヤ王の次に王位についたマナセは、偶像礼拝やまじないを平気で行い、自分の子どもさえささげるほどでした。そして独裁者のようでした。 この悪い王が55年間も治めていたのですから(1節)、ユダ王国の荒廃と堕落が想像できます。 主なる神様は、その様子をすべてご存知でした。 ユダ王国はやがてバビロンに滅ぼされます。その原因は人間の側の罪でした。 これほどの反逆を重ねながらも、神様はすぐに滅ぼさず、まだ悔い改めの余地を与え、待っておられたのでした。 私たちのどんな罪も、神様の前に悔い改めるなら赦されます。犯した罪だけでなく、自分の中にある傾向や罪深い性質も、日々神様の前に告白し、取り扱っていただけますように。 祈り:神様、私の中にある、あなたに喜ばれない性質を悔い改めます。批判的、ぐち、毒舌、短気、猜疑心、被害妄想、過度の不安...。そうした他人の欠点が見えるなら、自分の欠点はそれ以上であることを覚えます。私に、今日もへりくだった謙遜な心を与えてください。 「あなたは、兄弟の目にあるちりは見えるのに、自分の目にある梁には、なぜ気がつかないのですか。...偽善者よ、まず自分の目から梁を取り除きなさい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取り除くことができます。(マタイ7:3,5)」 アーメン

II列王記20

「イザヤは言った。『次のことが、あなたへの主からのしるしです。主は約束したことを成就されます。影が十度進むか、十度戻るかです。』」II列王記20:9 19章より少し前に戻った出来事が記録されています。 病気が癒されるしるしとして、神は太陽時計の影(時間)を逆戻りさせられました。 時間が前後した記録として、ヨシュア記にも「太陽は天の中間にとどまって、まる一日ほど、急いで沈むことはなかった(ヨシュア10:13)」という内容が出てきます。 ある科学者たちが過去の地球と太陽の動きを計算した時、この2つの記事と矛盾しないことがわかったと言います。 主なる神様は「約束を成就される」方です。時間や天体を支配しておられ、私たちのいのちも支配しておられます。そんな偉大な方なのに、私たちの小さな祈りに耳を傾けていてくださるのです。 祈り:神様、あなたが偉大な方であることを感謝します。そして、天体の動きと同じくらい、私の救いに関心を持ち、キリストを送ってくださいました。そして、私に親しく語りかけてくださることを感謝します。もっとあなたに近づき、心のうちを申し上げ、真実なあなたに頼れますように。アーメン

II列王記19

「ヒゼキヤは主の前で祈った。『ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、主よ。ただ、あなただけが、地のすべての王国の神です。あなたが天と地を造られました。』」II列王記19:15 アッシリアに侵攻されるユダ王国。危機的で絶望とも思える時代は、預言者イザヤ、ミカが働いた時代でもありました。 イザヤ・ミカといえば、旧約時代に最も重要なメシア預言をした二人です。 そして、ユダ王国の王も、信仰に立った人物でした。王であるヒゼキヤの反応は 「主の前で祈った」(15節) でした。その結果、神の介入によって状況が変わっていきました。 社会や自分の身辺の暗い状況だけを見て、絶望したり怒ったりしがちな私たちです。しかし、その背後で主の素晴らしいみわざが進んでいます。そのことを信じるのが信仰なのだと教えられます。 祈り:神様、目に見える現象だけで判断しがちな、近視眼な私をゆるしてください。あなたの広く深い、そして良い計画を信じたいです。今週も、あなたが手をとって「恐れるな」と導いてください。アーメン

II列王記18

「民は黙って、彼に一言も答えなかった。『彼に答えるな』というのが、王の命令だったからである。」II列王記18:36 数週間前の礼拝こどもメッセージの箇所、ヒゼキヤ王の時代の記事です。 アッシリアからユダ王国を攻めてきたラブ・シャケは、ひどい言葉を民に向かって叫び、民を混乱させようとしました。ユダの人たちがわかる言語で、 「ヒゼキヤも、主なる神も、ユダ王国を救うことはできない。ヒゼキヤにごまかされるな」という内容を叫びました。 しかし、ヒゼキヤ王は民に沈黙するよう命じており、皆がその命令に従いました。 侮辱され、中傷を受ける時、私たちは自分の正しさを主張したくなります。うまくいく時もあれば、さらに誤解や混乱が生まれることもあります。しかし主はすべて知っておられます。なんという慰めでしょうか。 祈り:神様、ヒゼキヤがすぐれた王と言われるのは、あなたに従い通したからです。周りから攻撃されても侮辱されてもあなたに信頼した、彼のような信仰と忍耐を私にも与えてください。苦しい状況の中にある____さん、____さんに、あなたご自身が助けてくださり、あなたからの忍耐と平安が与えられますように。アーメン

II列王記17

「このようにして、これらの民は主を礼拝すると同時に、彼らの刻んだ像にも仕えた。その子たちも、孫たちも、その先祖たちがしたとおりに行った。今日もそうである。」II列王記17:41 北王国イスラエルはアッシリアによって滅ぼされ、人々は捕らえ移されました。代わりに周辺国の人がイスラエル王国のあった地に送り込まれます。そこにライオンが出没したので、主を礼拝して解決しようとします。 主の祭司が一人派遣され、どのように礼拝するかを教えます。 これ自体はよかったのですが、人々はイスラエルの神、主だけでなく、同時に自分達の偶像礼拝もやめませんでした。あれもこれも、ご利益のあるものは拝んでおこう、ということだったのでしょう。 日本の状況とよく似ています。しかし、それでは結局自分が中心、自分がよいと思うことを自分が決めて行うことになります。本当に頼れる方がないまま歩み続ける人生を、今も多くの方が歩んでおられます。私たちは、とりなしの祈りをするように導かれていると思います。 祈り:神様、日本の人たちの多くは、どなたが本当に頼れる神かわからないまま、初詣をし、法事を行い、墓参し、パワースポットを巡り、占いを信じます。迷っていることも感じておられないのかもしれません。 あなたがその方々を愛し、十字架にかかってくださったことを知ることができますように。クリスマスがキリストに出会うよい機会になりますように。 「福音を聞いたことがなかった」と言われる方が一人でも少なくなりますように。アーメン

II列王記16

「アハズは使者たちをアッシリアの王ティグラト・ピレセルに遣わして言った。『私はあなたのしもべであり、あなたの子です。どうか上って来て、私を攻めているアラムの王とイスラエルの王の手から救ってください。』」II列王記16:7 最近、68歳でインドへの宣教師となった女性のあかしを読みました。現地でベッドから落ちて背中や頭を強打したり、洪水で危機一髪だったり、パンデミックで空港閉鎖になる最終便を経由して脱出したりと、波瀾万丈なあかしでした。 彼女は困難にあうと、いつも祈ります。ここで死ぬことになっても主にゆだねます、と告白します。そして、神様がどんな方法を通しても最善をなさることに信頼しています。21世紀でも、聖霊が超自然的な方法で働かれるあかしでした。 一方、ユダの王アハズはアッシリア王に助けを求めますが、主なる神の導きと助けを祈ったとは思えません。主の宮から貴金属を取り出してアッシリアに贈ったからです(8節)。一時はうまくいったかに思えますが、北イスラエル王国はやがてアッシリアに滅ぼされ、ユダ王国の勢いも弱っていったのでした。 人間的な助けを求める前に、国をあげて断食し、悔い改めて主に祈っていたなら、歴史は変わっていたかもしれません。 祈り:神様、あなたは今日も生きて働いておられます。人間的な助け、目に見えるものを頼る前に、あなたに祈り求めることができますように。あなたの力と恵みに満ちたご支配とを信じることができますよう、信仰を強めてください。アーメン

II列王記15

「イスラエルの王ヤロブアムの第二十七年に、ユダの王アマツヤの子アザルヤが王となった。」II列王記15:1 「アザルヤ」とはウジヤ王のことです。ウジヤ王と言えば、イザヤ書6章に 「ウジヤ王が死んだ年に、私は、高く上げられた御座に着いておられる主を見た...(イザヤ6:1)」とあり、 私(イザヤ)は主の「だれを、わたしは遣わそう。だれが、われわれのために行くだろうか。」という声を聞いて、 「ここに私がおります。私を遣わしてください。」 と応答しました(イザヤ6:8)。 今日の列王記第二15章には、虐殺やクーデターといった、ちょうど日本の戦国時代のような状況が書かれています。この上なく暗い時代です。 しかしそのさ中に、主は偉大な預言者を召し、遣わし、何千年も後の私たちにメシア預言として覚えられる預言の働きをゆだねられました。時代が暗くても、主のご計画は止まっているどころか、着々と進んでいます。 祈り:神様、時代や世界が暗くても、あなたが良い方であることに感謝します。私たちの周りにも、暗いニュースや不安な動きが多いですが、あなたに頼り、希望を失わず、信仰を守り、祈りを続けられるように助けてください。アーメン

II列王記14

「彼は、レボ・ハマテからアラバの海までイスラエルの領土を回復した。それは、イスラエルの神、主が、そのしもべ、ガテ・ヘフェル出身の預言者、アミタイの子ヨナを通して語られたことばのとおりであった。」II列王記14:25 列王記では、 北のイスラエル王国 ー 南のユダ王国 ー 北のイスラエル王国 ー 南のユダ王国... のように、王の変遷が並べられています。そして、「ヨアシュ」「ヤロブアム」といった、同じ名前を持った王が複数出てきます。同時代に北も南もヨアシュという王だった時があります。また、ヤロブアムは王国が分裂した時にも「ヤロブアム」王と「レハブアム」王でした(別人です)。 ただし、25節に出てくる預言者「ヨナ」は、旧約聖書のヨナ記、魚に飲み込まれたあの人です。預言書は旧約聖書の後半に出てきますが、それが預言されたのは列王記や歴代誌の時代です。 今日も、同じ名字や名前の牧師や宣教師、クリスチャンのために祈ります。名前は同じでも、一人一人が別の人格であり、神様からそれぞれユニークな召命を受けていることを覚えます。 祈り:神様、同じ名前であっても、あなたは間違われません。そして、一人一人を呼び、召し、用いられることに感謝します。私も、あなたによってユニークな存在として造られました。他人と比較することなく、私に与えられた信仰の道のりを今日も歩めますように。アーメン

II列王記13

「神の人は彼に激怒して言った。『あなたは五回も六回も打つべきだった。そうすれば、あなたはアラムを討って、絶ち滅ぼすことになっただろう。しかし、今は三回だけアラムを討つことになる。』」II列王記13:19 エリシャの病床に、イスラエルの王ヨアシュがやって来ました。そして、アラムとの戦況についての預言を受けました。 当時の中東のまじないや宣託の風習から、王がエリシャのところに行った心境が理解できます。そして、神はエリシャを通して語られました。 対して、今日では聖書の中に約束がいっぱい書かれています。そして、すでに私たちは聖書を入手し、読むことができます。 一国の王よりも、もっと素晴らしいリソースを与えられていることに感謝します。 祈り:神様、あなたのことばである聖書が手元にあることを感謝します。 聖書に親しみ、もっとよくわかるように助けてください。聖霊様が心を開き、理解できるように導いてください。知性と霊性が共に主にあって成長しますように。アーメン

II列王記12

「祭司たちは、民から金を受け取らないことと、神殿の破損の修理に責任を持たないことに同意した。」II列王記12:8 神殿工事の事業は、祭司ではなく王主導で行われることになりました。それで、修理のためにささげられる献金は、王の管理のもと修理に当てられました。 祭司に任せるより、王の主導の方が実行力と迅速さで勝っていたからです。 任務の分担とそれぞれの役割を明らかにすることで、ようやくスムーズに工事が始まりました。工事をする人たちは忠実に働いたと書かれています(15節)。 後に城壁を修理したネヘミヤも、総督であり祭司ではありませんでした。行政で培った経験や技術を、主が用いられたのでした。 教会にも、社会で歩むクリスチャンリーダーの存在がとても大切です。神を愛し、信仰を守る誠実な人格に、人々は口に出さなくても何かを感じます。聖霊がその人の内に宿っておられ、その人が意識していなくても働かれているのです。 祈り:神様、牧師や宣教師だけでなく、一人一人が福音を分かち合う大切な器です。今週も聖霊に満たされて歩めますように。職場や家庭に派遣されている、主にある兄弟姉妹を祝福し用いてください。職場や家庭での宣教師として、福音を分かち合う機会と賢い方法が与えられますように。アーメン

II列王記11

「エホヤダは、主と、王および民との間で、彼らが主の民となるという契約を結ばせ、王と民との間でも契約を結ばせた。」II列王記11:17 祭司エホヤダの改革が始まりました。6年間かくまったヨアシュを王とし、主の前で信仰を守ることを、王にも民にも約束させました。ヨアシュは、祭司エホヤダが指導している間は、正しく歩みました(12:2)。 聖書の神は、契約の神と言われることがあります。 私たちの側は、約束を忘れたり、破ったり、たよりになりません。しかし、神の側は約束したことを必ず守られます。 十字架の救いも、神ご自身が定め守られることだから、私たちの側で自信がなくなっても、疑いが起こっても、大丈夫です。 祈り:神様、あなたの約束が確かであることに感謝します。 救いの確信が揺らぐとき、自信がなくなるとき、あなたが大丈夫と保証してくださっていると思い出させてください。 今教会から離れている____さん、____さんが、これほど恵み深いあなたへの信仰を、もう一度新たにできますように。アーメン

II列王記10

「このようにして、エフーはバアルをイスラエルから根絶やしにした。」II列王記10:28 エフーのやり方は、騙し討ちのような策略なのでわかりにくいかもしれません。バアルの預言者たちを、盛大な集会をすると言って集め、服を着替えさせて目印にし、滅ぼしました。 ただしエフー王は、金の子牛に仕え続けました。なぜでしょう。バアルを根絶やしにした、同一人物なのに。 それは偶像礼拝ではない、とでも思っていたのでしょうか。少しくらいなら大丈夫、と思ったのでしょうか。 32節の「そのころ、主はイスラエルを少しずつ削り始めておられた」は厳然とした結果です。 明らかな偶像を拝むことはしなくても、さまざまな思いにとらわれたり、スマホやテレビ、ゲームばかり見たりという恐れが、私たちにもあります。神様に祈り語るよりも、時間をかけ頼りにしてしまうことがあるならば、エフーと同じ道に歩まないよう願い求めましょう。 祈り:神様、あなた以上に宝物のように握りしめている物事がないか、心を探ってください。あなたの喜ばれる道を日々示し、私の歩みを修正し導いてください。アーメン

II列王記9

帰って来てエフーにこのことを知らせた。するとエフーは言った。「これは、主がそのしもべティシュベ人エリヤによって語られたことばのとおりだ。『イズレエルの地所で犬がイゼベルの肉を食らい、...」II列王記9:36 エフーのクーデター、ヨラム王とアハズヤ王の死、イゼベルの暗殺と、読むだけでも血なまぐさい、残酷な情景が続きます。この部分だけ読むと、なぜこのような出来事を神は黙って見ておられるのか、と思うかもしれません。 聖書通読のよいところは、ここに至るまでの神の愛と忍耐がわかることです。 ・燃え尽きたエリヤが新たに召しを受けた時点で、エフーが王になることが決まっていました。(1列王記19章) ・悪王アハブが悔い改めた時、神は裁きを彼の死後に延期されました。それが成就した場面です。(1列王記21章) ・罪のないナボテを殺して無理に土地を奪う策略(1列王記21章)、エリヤ暗殺の策略(1列王記19章)、偶像礼拝から離れなかった罪を犯したのはイゼベルでした。 そして、人間の自己中心の罪と、そのゆるしは神の一方的な恵み、十字架のあがないによるものだということを実感させられます。今は、悔い改めと信仰告白の祈りをするだけで、シンプルに祈っただけで救われるとは、私たちは何という恵まれた時代に生きているのでしょうか。 祈り:神様、旧約聖書の記録を読むたびに、私たち人間の罪深さと愚かさを覚えます。こんな私たちをあわれんで、救いの道を開いてくださったあなたの恵みと愛は、何と深いことでしょうか。どうか、____さん、____さんも、一日も早くこの恵みを受け取り、信仰告白と洗礼に導かれますように。アーメン

II列王記8

「しかし、主はそのしもべダビデに免じて、ユダを滅ぼすことを望まれなかった。主はダビデとその子孫に常にともしびを与えると彼に約束されたからである。」II列王記8:19 今日の章は場面がいくつか変わります。預言者エリシャの暮らしと歩みをうかがい知ることができます。 かつてエリヤが天にあげられるときには「わが父、わが父」と叫んだ駆け出しでしたが、今は神の代弁者として王を相手にしても動じず、淡々と主の奉仕に励みます。 ハザエルが残酷な王となるとわかって、彼は泣きました。しかし、その場で彼を阻止したり、害を加えたりはしませんでした。なぜでしょう。それは、エリシャの職務が預言者だったからです。自分の分を越えていたからです。 私たちは、自分の分を越えてメシヤのようにふるまうことはできません。主に割り当てられたことを忠実に行い、あとは主がしてくださると信頼できるかが問われています。主はダビデとの契約を守られました。今日も、みことばの約束を守られる方です。 祈り:神様、私の悩みや行きすぎる心配を悔い改めます。あなたが全てをご存知であることに、もっともっと安心し信頼できますように。みことばの約束を握り、私に割り当てられた分の働きに焦点を合わせて歩めるよう助けてください。アーメン

II列王記7

「しかし、侍従で、王が頼みにしていた者が、神の人に答えて言った。『たとえ主が天に窓を作られたとしても、そんなことがあるだろうか。』そこで、エリシャは言った。『確かに、あなたは自分の目でそれを見るが、それを食べることはできない。』」II列王記7:2 不信仰の結果は重いものです。侍従は、民に踏みつけられるという事故にあい、死んでしまいました(17節)。せっかく解放され、食料が受け取れそうだったのに、受けとることはあいrませんでした。 私たち自身も、思わず不信仰の言葉を出してしまうことがあります。また、うわさや陰口を広げようとする人がいた時、厳しく指摘することを控えてしまうことがあります。 主は、私たちの心をじっと見つめておられます。どのように悔い改め、心を変えていただけるでしょうか。民と共に祝福と食料を喜べるような、信仰ある者となれますように。 祈り:神様、あなたの解放をありがとうございます。不信仰な言動をゆるしてください。また、うわさや陰口の好きな___さんのことを苦々しく思います。あなたの適切な取り扱いが____さんにありますように。また私の心から苦みを取り去ってください。アーメン