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Ⅱ歴代誌13-14

通読: Ⅱ歴代誌13-14、ヨハネ12:1-26  「アサは自分の神、主を呼び求めて言った。『主よ、力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたには変わりはありません。私たちの神、主よ、私たちを助けてください。私たちはあなたに拠り頼み、御名によってこの大軍に向かって来ました。主よ、あなたは私たちの神です。人間が、あなたに力を行使することのないようにしてください。』」Ⅱ歴代誌14:11 アサ王は治世の前半、主に祈りながら治めました。 それで、危機を経験したときも揺らぎませんでした。 もっとも、聖書は当時の文脈を理解しながら読む必要があるわけで、 戦争が良いというわけではありません。 名前だけで、キリストの福音を理解しない「自称クリスチャン」が海外の政治リーダーの中にもいるのは残念です。 また、信仰を自分の政治イデオロギーの道具に利用することも本末転倒です。 イエス様は「平和をつくる者は幸いです」と言われました。 祈り:神様、信仰が戦争や紛争の道具に用いることがありませんように。イエス様の姿は、平和と柔和、寛容でした。私にも聖霊の実を結ばせてください。尋ねる人には、優しく、親切に、主の霊によって説明できますように。アーメン

Ⅱ歴代誌10-12

通読: Ⅱ歴代誌10-12、ヨハネ11:30-57  「主が、彼らのへりくだった様子をご覧になると、シェマヤに次のような主のことばがあった。『彼らがへりくだったので、わたしは彼らを滅ぼさない。間もなく彼らに救いを与える。わたしの憤りがシシャクの手を通してエルサレムに注がれることはない。』」Ⅱ歴代誌12:7 レハブアムは良い王ではありませんでした。 長老の助言に従わず、若者たちの勢い(ノリ?)に従い、王国の分裂を引き起こしました。 しかし、神は預言者シェマヤを通して警告や助言を与えてくださいました(11:2-4, 12:5)。 ダビデやソロモン、そして信仰に立つ預言者や人々の祈りに応え、語りかけることをやめないでいてくださったのです。 さらに王がへりくだると、神は守りと助けを与えてくださました。 神様の忍耐深さと愛には圧倒されます。 反抗する者に対する恵み深さを知った私たちも、反抗期の子どもたちや批判的な人たちに、もっとおおらかで広い心を持てるよう、主に助けていただきましょう。 祈り:「われらに罪をおかす者を われらがゆるすごとく われらの罪をも ゆるしたまえ」と主の祈りにあります。神様、あなたが私をゆるしてくださったゆえに、私もゆるす者となれるよう、狭い心を造り変えてください。○○さんをゆるしたいですから、心の苦みを取り去ってください。アーメン

Ⅱ歴代誌7-9

通読: Ⅱ歴代誌7-9、ヨハネ11:1-29  「わたしの名で呼ばれているわたしの民が、自らへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求めてその悪の道から立ち返るなら、わたしは親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地を癒やす。」Ⅱ歴代誌7:14 捕囚から荒れた故郷に帰り、生活を再建していた民にとって、これは希望のことばでした。 「人の罪の故に土地が荒れ果てる、と聖書は繰り返し語っています。 現在、地球温暖化の影響で砂漠化が進み、海面が上昇するなどして、人や他の生き物が住めない地域が急拡大しています。それに加えて、紛争や戦争、貧困と自然災害によって飢饉が広がっています。大地が癒されるために、人類に何が求められているでしょうか。」(聖書を読む会『歴代誌』より) 今の世界情勢、そして国内の戦前を思わせる空気感、邪魔な運動を排斥しようとする動きなどに、危うさを感じます。 このような時こそ、主の名で呼ばれている信仰者が、へりくだって悔い改めの祈りをささげるように召されています。 祈り:神様、あなたの前にへりくだって祈ります。国内外で罪ゆえに起こる、紛争や破壊をとどめてください。SNSの中傷や、従わない者を邪魔者として排斥するような全体主義の動きをとどめてください。アーメン

Ⅱ歴代誌4-6

通読: Ⅱ歴代誌4-6、ヨハネ10:24-42  「ラッパを吹き鳴らす者たち、歌い手たちが、まるで一人のように一致して歌声を響かせ、主を賛美し、ほめたたえた。そして、ラッパとシンバルと様々な楽器を奏でて声をあげ、「主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで」と主に向かって賛美した。そのとき、雲がその宮、すなわち主の宮に満ちた。」Ⅱ歴代誌5:13 神殿が完成すると、ソロモンは契約の箱を運び込みました。そして賛美をささげました。 「まるで一人のように一致して歌声を響かせ、主を賛美し、ほめたたえた」とは、何と美しい光景でしょう。 賛美に神はこたえてくださいました。 「祭司たちは、その雲のために、立って仕えることができなかった。主の栄光が神の宮に満ちたからである。」(5:14) 賛美できないと思える時こそ、意志を用いて「賛美をしてみる」という選択をしましょう。 自分では感じなくても、そこに聖霊が働かれ、神の栄光が表されます。 祈り:神様、嬉しい時も、到底賛美できないと思える時にも、あなたを見上げ待ち望むことに気づかせてください。イエス様が疲れた人を招いてくださったことに感謝します。私もそこに憩うことを選びます。アーメン

Ⅱ歴代誌1-3

通読: Ⅱ歴代誌1-3、ヨハネ10:1-23 「ソロモンは、エルサレムのモリヤの山で主の宮の建築を始めた。そこは、主が父ダビデにご自分を現され、ダビデが準備していた場所で、エブス人オルナンの打ち場があったところである。」 Ⅱ歴代誌3:1 金剛山の登山口に行く時、いつも千早赤阪村の「森屋」という交差点を通ります。 通るたびに同じ発音の「モリヤの山」を思い出します。 エルサレムのモリヤの山は、旧約聖書の重要な場所です。 アブラハムがイサクをささげるために行った場所で、徹底的な従順を学びました。 また、ダビデが正当な対価を払ってオルナンから土地を買った所でした。 そして今、そこにソロモンが神殿を立てようとしています。神がいなければできない、大変な事業でした。ソロモンは神への信頼を学びました。 定点観測のように、聖書の出来事と人々への神のレッスンが行われています。 私たちは、同じ所で日々寝起きしているかもしれません。 平凡に見えても、そこが神からさまざまなレッスンを受ける特別な場所として与えられていることを信じます。 祈り:神様、平凡な日々の風景の場所で、主が導き訓練し、大切な信仰のレッスンを与えてくださることを信じ感謝します。アーメン

I歴代誌28–29

通読: I歴代誌28–29; ヨハネ 9:24-41 「ダビデ王は全会衆に言った。『わが子ソロモンは、神が選ばれた、ただ一人の者であるが、まだ若く力もない。しかしこの工事は大きい。なぜなら、この宮は人のためではなく、神である主のためのものだからである。』」歴代誌 第一 29:1 王となるソロモンのことを、ダビデは「まだ若く力もない」と言いました。 それに比べて、神殿建設は一大プロジェクトでした。 謙遜になり、民の協力がなければできない、ということを示そうとしたのでしょう。 同時に、ダビデが自分の財産を工事のためにささげたこともわかります。 「そのうえ、私は、私の神の宮に対する喜びとして、聖なる宮のために準備したすべてのものに加えて、自分の宝としていた金銀を、私の神の宮のために献げる。」(29:3) 「そうして、今日、自ら進んで、その手にあふれるほど主に献げる者はいないか」(29:5) とチャレンジしました。 リーダーがまず見本を示し、続く人たちが同じようにできるように整えました。 ここに、聖書的なリーダーシップのあり方を見ることができます。 祈り:神様、ダビデの姿勢を学びました。イエス様ご自身が、まず先頭に立って仕えることをなさいました。私も謙遜に仕える者となりたいです。今立てられているリーダーたちのことも覚えてお祈りします。私がよいフォロワー(従う者)にもなれますように。アーメン

I歴代誌25–27

通読:    I歴代誌25–27;  ヨハネ . 9:1-23 「彼らは、下の者も上の者も、達人も弟子も、みな同じように任務のためのくじを引いた。」 I歴代誌25:8 この時、奉仕をする人たちは年齢や地位、役割にかかわらず、平等にくじを引いたのでした。 今も、神の前には全ての人が平等です。 救いも平等なら、やがてさばきも平等に行われます。 祈り:神様、あなたの公平なまなざしを感謝します。アーメン

I歴代誌22–24

通読:   I歴代誌22–24;  ヨハネ . 8:28-59  「そこで、わが子よ、主があなたとともにおられ、主があなたについて語られたとおり、あなたが、あなたの神、主の宮を立派に建て上げることができるように。」Ⅰ歴代誌22:11 自分がしたかったことを他の人がした時、うらやましくなりますか。 「私がやりたかったのに」と。 でも、一人であれもこれもすべてをすることはできません。 特に、主の働きは世代や場所を越えたチームワークなのだと思います。 ダビデは資材を豊富に用意しましたが、自身で神の宮を建てることは許されませんでした。 代わりに、子どものソロモンが建てるのだ、と神様はおっしゃいました。 ダビデは、自らの役割である素材集めに徹しました。 そして、建設そのものはソロモンに託します。 ソロモンは、建設計画の青写真があって、どれほど助かったでしょう。 私たちも、誰かの召しのために素材集めをするダビデのような役回りかもしれません。 主にある誇りを持って、その働きをしていきましょう。 祈り:神様、ゆだねられたことを忠実にして、次世代や他の人が建て上げるための助けとなれますように。私に与えられた奉仕を、主がくださった名誉な働きとして受け取ります。アーメン

I歴代誌19-21

通読:   I歴代誌19–21;  ヨハネ . 8:1-27  「ダビデ王はオルナンに言った。『いや、私はどうしても十分な金額で買いたい。あなたのものを主に献げるわけにはいかない。費用もかけずに全焼のささげ物を献げたくないのだ。』」 I歴代誌21:14 ダビデは、主の宮を建てるために人のものを利用しようとはしませんでした。 自分で正当な対価を払って土地を得ました。 アブラハムも、かつてサラを葬る墓地を対価を払って買いました。 教会の中では互いに支えあっています。 しかし、この世に対してはあかしとなるよう、そして主のものとなるように、常識的な取引が大切な時があります。 一時的に損をしたように思っても、主のために正当な手順をふみ聖別することが、結果としてよいことがあると学びます。 祈り:神様、周囲の方たちを覚えてお祈りします。教会の周辺で予定されている工事の一切に、主が守りと導きを備えてください。教会が鳩のように素直で蛇のように敏くありますように。アーメン

I歴代誌16-18

通読:   I歴代誌16-18  ;  ヨハネ . 7:28-53  「わたしは、わたしの家とわたしの王国の中に、彼をとこしえまでも立たせる。彼の王座はとこしえまでも堅く立つ。」I歴代誌17:14 聖書66巻を繰り返し通読する必要性を、ハガイセミナーを通して改めて学びました。 聖書全体はイエス・キリストをあかしするものであり、救済史としてある程度のスピードで読み全体をつかむことが、信仰者として大切であるという勧めに、なるほどと納得しました。 主は、ダビデの家系が永遠に立つという約束をされました。 それは、ダビデの家系から生まれてくださったキリストにおいて実現しました。 神の約束は、実に何百年というスケールで続いていきます。神の偉大さとスケールの大きさを、聖書を読み通すことで俯瞰することができるのです。 読まないのは勿体ないですね! 祈り:神様、あなたの大きく深いご計画の一端を、聖書を通して私たちに明らかにしてくださり感謝します。まだまだ知らないこと、理解できないことが多いです。あなたの偉大さに、ダビデのようにひれ伏し、心からの感謝と賛美を捧げる者としてください。アーメン

I歴代誌13-15

通読:  I歴代誌13-15 ;  ヨハネ . 7:1-27  「全イスラエルは歓声をあげ、角笛、ラッパ、シンバルを鳴らし、琴と竪琴を響かせて、主の契約の箱を運び上げた。」歴代誌第一 15:28 「急(せ)いては事をし損じる」ということわざがあります。 急いで何かをすると失敗するものだ、と、軽はずみにあわてる行動を戒めるものです。 13~15章は、ダビデが主の契約の箱を運ぶことについて記録されています。 王権と契約の箱とは密接に関連していました。 性急に移動しようとした13章では、神の定めた方法を取りませんでした。 そのため、ウザが箱に触れて死ぬという悲しい結果に終わりました。 15章では、改めてレビ人が招集され、民数記4章に書かれた手順に従って運搬されました。 私たちも、良さそうに見えるから、できそうだから、と、自分の力だけに頼って飛びつくと失敗します。 祈り、心を整え、神のタイミングと方法に期待して歩みましょう。 祈り:神様、あのこと、このことが気がかりで、デボーションよりも先走ってしまいそうになります。まずあなたの前に心静め、与えられた残りの時間であなたが私にせよと言われることに落ち着いて取り組ませてください。アーメン

I歴代誌10–12

通読:   I歴代誌 10–12;  ヨハネ . 6:45-71  「そのとき、御霊が補佐官の長アマサイをおおった。『ダビデよ、私たちはあなたの味方。エッサイの子よ、私たちはあなたとともにいる。平安があるように。あなたに平安があるように。あなたを助ける者に平安があるように。まことにあなたの神はあなたを助ける。』ダビデは彼らを受け入れ、部隊のかしらとした。」歴代誌第一 12:18 もともと歴代誌は、捕囚から帰還した人々に向けて書かれました。 捕囚の間も帰還してからも、苦しい生活が続いていました。その中で、主が歴史を支配しておられるという励ましを受けたことでしょう。 旧約時代にも、聖霊は豊かに働いておられました。特定の人に臨み、ここではアマサイという人物を通してダビデを、そしてそれを読む読者を励ましています。 まもなくペンテコステです。 聖霊が信じるすべての人に与えられる時代に、私たちは生きています。 主の霊はおどろおどろしいものではなく、励ましと平安を与える方です。この方ともっと親しくなり、日々導きを受け取っていきましょう。 祈り:神様、あなたが与えてくださる平安と励ましを感謝します。聖霊について、その働きについて、純粋な心でもっと理解できるよう助けてください。アーメン 彼らに近い者たちも、イッサカル、ゼブルン、ナフタリに至るまで、ろば、らくだ、らば、牛に載せて食べ物を運んで来た。小麦粉の菓子、干しいちじく、干しぶどう、ぶどう酒、油、牛、羊などが数多くあった。イスラエルに喜びがあったからである。( 歴代誌 第一 12:18,40 SKY17 )

I歴代誌7–9

通読:  I歴代誌 7–9;  ヨハネ . 6:22-44 「レビ人の一人、コラ人シャルムの長男とマティテヤは、平たい菓子を作る務めを任された。また、ケハテ族の彼らの同胞のうちには、並べ供えるパンを担当し、安息日ごとに用意する者たちもいた。歴代誌 第一 9:31-32 」 さまざまな主の宮の奉仕がありました。 目立つ奉仕もあれば、ほとんど人目にふれないようなものもありました。 私たちも同じです。目立たない奉仕や働きで、「あの人のようになれない」とがっかりすることがあるかもしれません。 けれども、主がくださった賜物、割り当ててくださった働きなら、それが最もふさわしく、深い喜びの人生になります。 比較のわなにはまらないよう、今日の私が置かれた状況をぐるりと見渡してみましょう。 感謝できることが、一つ、二つと見えてきます。 祈り:神様、あなたの与えてくださったものを喜び受け取ります。他の人のようでなくても、私に与えられた環境と機会を、喜びをもって味わいます。比較のわな、羨みの罪から守ってください。アーメン

I歴代誌4–6

通読:   I歴代誌 4–6;  ヨハネ . 6:1-21 「ユダの子は、ペレツ、ヘツロン、カルミ、フル、ショバル。」  I歴代誌 4:1 「シメオンの子は、...」(4:24) 「イスラエルの長子ルベンの子孫。」(5:1) 「ガドの子孫は、...」(5:11) 「レビの子は、...」(6:1) アブラハムの孫ヤコブ(イスラエル)の子どもたちそれぞれの系図が記されます。 歴代誌は、捕囚で異教徒に支配され、神の民であるという自覚が揺らぎ、礼拝もおろそかになっていた人たちへの励ましでした。 どの部族に属していても、名を呼ばれ、自分のアイデンティティを確認しました。 私たちも、信仰によってアブラハム契約を受け継ぐ者となりました。 周囲の状況がどうあれ、神様は今日も私たちの名を呼んでくださいます。 祈り:神様、自分が何者かわからなくなるような時、孤独の時、あなたが名前を呼んでくださることに感謝します。神の民として歩む励ましを、私にも日々与えてください。アーメン

I歴代誌1-3

通読:  I歴代誌 1–3;  ヨハネ 5:25-47  「アダム、セツ、エノシュ、」 歴代誌 第一 1:1 歴代誌の始まりは系図が延々と続きます。 退屈だなあ…と思うかもしれません。 その初めは最初の人類、アダムです。 ということは、すべての人類に関係があります。 この系図がダビデへとつながり、そこからイエス・キリストの系図へと続きます。 つまり、すべての人の永遠のいのちにも関係があります。 祈り:神様、人類の歴史を貫く神の壮大な救いの計画を覚えて感謝します。アーメン

Ⅱ列王記24–25

通読:Ⅱ列王記24–25; ヨハネ5:1-24 「ユダの王エホヤキンが捕らえ移されて三十七年目の第十二の月の二十七日、バビロンの王エビル・メロダクは、王となったその年のうちにユダの王エホヤキンを牢獄から呼び戻し、優しいことばをかけ、バビロンで彼とともにいた王たちの位よりも、彼の位を高くした。彼は囚人の服を脱ぎ、その一生の間、いつも王の前で食事をした。」Ⅱ列王記25:27-29 あれだけ神様からの警告があったのに、それを無視して偶像礼拝と退廃に陥った国は滅び、人々はバビロン捕囚となりました。 「神が愛なら、どうしてそんな目にあわせるのだ」と言うでしょうか? 神様は預言者を立てておられました。 それなのに、「王がほしい」と言い出したのは人の側でした。 警告をたびたびなさいました。 それなのに、聞かなかったのも人の側でした。 国が滅びて終わりでしょうか? いえ、この後に回復がやってきます。 神のあわれみは尽きません。 歴代誌では、列王記と同じ時代を信仰と神の宮の視点から再度見ます。 祈り:神様、絶望の中にも主の希望があることを教えてくださり、感謝します。今日直面している難問や試練の中にも脱出の道がある(1コリント10:13)ことを受け取ります。アーメン

Ⅱ列王記22–23

通読: Ⅱ列王記22–23; ヨハネ4:31-54  「主を求めるためにあなたがたを遣わしたユダの王には、こう言いなさい。『...そのとき、あなたは心を痛めて主の前にへりくだり、自分の衣を引き裂いてわたしの前で泣いたので、わたしもまた、あなたの願いを聞き入れる──主のことば──。それゆえ、見よ、わたしはあなたを先祖たちのもとに集める。あなたは平安のうちに自分の墓に集められる。...』」列王記第二 22:18-20 わずか8歳で王になったヨシヤでしたが、その治世は主のこころにかないました。 発見された主のおしえの書を読み、悔い改めて従おうとしました。 その姿勢に、主はヨシアの生涯を守ると言われました。 ともすれば、自分が安泰ならそれでよし、となりそうです。 しかし、ヨシヤは違いました。 さらに続いて、国を主のみこころに沿うよう改革していきました。 「ヨシヤのようにモーセのすべての律法にしたがって、心のすべて、たましいのすべて、力のすべてをもって主に立ち返った王は、彼より前にはいなかった。彼の後にも彼のような者は、一人も起こらなかった。(23:25)」 ヨシヤのように、信仰者として周囲にも、社会にも、主の平和をもたらす者となれますように。 祈り:神様、私を自己中心のわなから救ってください。周囲や社会に平和をつくる者として、あなたのみこころのために用いてください。アーメン

Ⅱ列王記19–21

通読: Ⅱ列王記19–21; ヨハネ4:1-30  「ヒゼキヤは、使者の手からその手紙を受け取って読み、主の宮に上って行き、それを主の前に広げた。ヒゼキヤは主の前で祈った。」列王記 第二 19:14 クレームや誹謗中傷の手紙やメール、SNSの投稿を受け取ったことがありますか? 文字通り頭がくらくらし、心は傷つきパニックになります。 敵からの手紙を読んだヒゼキヤも、同じような気持ち だったでしょう。 しかも、彼には国を率いる責任がありました。 彼はどうしたか。 「主の宮に上って行き、それを主の前に広げた。ヒゼキヤは主の前で祈った」のでした。 「…主よ。御耳を傾けて聞いてください。主よ。御目を開いてご覧ください。生ける神をそしるために言ってよこしたセンナケリブのことばを聞いてください」(19:16)と、問題を主の元に持っていき、訴えました。 どうしようもない時、今日も主が聞いて介入してくださいます。 祈り:神様、自分でどうすることもできない辛い時でも、あなたの元にすべて持っていき、心を注ぎ出せることを感謝します。あなたこそ盾です。私を、家族を、教会をお守りください。アーメン

Ⅱ列王記17–18

通読: Ⅱ列王記17–18; ヨハネ. 3:19-36  「彼はイスラエルの神、主に信頼していた。彼の後にも前にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった。」Ⅱ列王記18:5 北イスラエルは、とうとうアッシリアによって征服されてしまいます。 一方、南ユダでは同じ頃、主を信頼するヒゼキヤ王が即位しました。 アッシリアが攻めてきてピンチが迫る、というのが今日の箇所です。 (もちろん、ヒゼキヤ王はこの難局を主の助けで乗り越えるのですが...) ヒゼキヤが主の信頼してリーダーシップをとったように、今も信仰によってリーダーシップをとるリーダーが求められています。 ヒゼキヤの建造した水路は、現在まで残っています。 彼の生涯の見習うべき点を、もう少し読んでいきましょう。 祈り:神様、あなたを信頼するリーダーが起こされますように。リーダーシップをゆだねられている信仰者一人一人が主の知恵に満たされ、置かれた場所で祈りつつ仕えることができますように。アーメン

Ⅱ列王記15–16

通読:  Ⅱ 列王記 15–16;  ヨハネ 3:1-18 「主がかつてエフーに告げられたことばは、『あなたの子孫は四代までイスラエルの王座に着く』ということであったが、はたして、そのとおりになった。」 Ⅱ 列王記 15:12 北のイスラエル王国と南のユダ王国の王朝史が交互に記されているので、二重に歴史を読んでいる感じがすると思います。 エフーは北イスラエルで28年間王でした(10:36)。バアル崇拝のリーダーたちを滅ぼし ました。歴代誌第二でもまた登場します。 主が彼に約束されたことは、「はたして、そのとおりにな」りました。 王位交代が入り乱れ、国としては弱っていく中で、神のことばは間違いなく成就していきました。 私たちの歩みにも、時に予想外の波瀾万丈な出来事があるかもしれません。 それでも、主は変わりなく治め、私たちを見捨てることはありません。 人が私たちを見捨てたように思っても、この主に期待していれば大丈夫です。 祈り:神様、あなたの約束の確かさを覚えて感謝します。主のご計画と愛は変わらず、私を見捨てることもなさいません。あなたに頼ることができる幸いに感謝します。アーメン

Ⅱ列王記13–14

通読:  Ⅱ 列王記 13–14;  ヨハネ 2 「こうして、エリシャは死んで葬られた。モアブの略奪隊は、年が改まるたびにこの国に侵入していた。」 Ⅱ 列王記 13:20 「ユダの民はみな、当時十六歳であったアザルヤを立てて、その父アマツヤの代わりに王とした。」 Ⅱ 列王記 14:21 預言者エリシャは北王国のイスラエルで働き、死にました。 南王国ユダではアマツヤが死に、アザルヤ(ウジヤ)王が即位しました。イザヤ書に出てくる王です。 「彼(北王国のヤロブアム2世)は、レボ・ハマテからアラバの海までイスラエルの領土を回復した。それは、イスラエルの神、主が、そのしもべ、ガテ・ヘフェル出身の預言者、アミタイの子ヨナを通して語られたことばのとおりであった。」(14:25) アミタイの子ヨナとは、ヨナ書に出てくる人物です。 列王記や歴代誌には、様々な人名が出てきます。 旧約聖書の後半にある預言書、その預言者たちのほとんどがこの時代に働きました。 後半の預言書を読む時には、今読んでいる背景があるのだと思い出してみましょう。 困難な中でも神のことばを伝え生き抜いた彼らの姿勢が、今日の私たちへの励ましとなることでしょう。 祈り:神様、昔も今も試練を通った信仰者がいることを覚えます。知的な理解で済ませるのでなく、霊で理解できますように。聖書の励ましを、実生活に適用することを教えてください。アーメン

Ⅱ列王記10–12

通読:  Ⅱ 列王記 10–12;  ヨハネ 1:29-51 「また、工事する者に支払うように金を渡した人々が精算を求められることはなかった。彼らが忠実に働いていたからである。」  Ⅱ 列王記12:15 母の日です。教会ではファミリー礼拝を持ちます。 どんなに平和な時代でも、家庭やコミュニティの中に争いや悲劇が起こることがあります。 反対に、時代がどんなに悪くても、家庭やコミュニティの中に平和をつくることは可能です。 イスラエルとユダの2つの王国に分裂し、悪い時代でした。 それでも、忠実に働く人がいて、金銭的にもクリーンに工事を行いました。 時代がどうであれ、私たちも平和をつくる者となることを求めましょう。 祈り:神様、世の中が暗く問題が多くても、主にある希望の光はいつも輝いています。キリストにあって、その光を反映する者とならせてください。アーメン

Ⅱ列王記7–9

通読:  Ⅱ 列王記 7–9;  ヨハネ . 1:1-28 「しかし、主はそのしもべダビデに免じて、ユダを滅ぼすことを望まれなかった。主はダビデとその子孫に常にともしびを与えると彼に約束されたからである。」 Ⅱ 列王記8:19 ひとことで言えば、とんでもない王たちの入れ替わりです。 国を堕落させ、滅亡に追い込むような人物も出てきます。 しかし、ダビデとの約束を神様は守られました。 神様は約束を決して破ることがありません。 聖書に書かれている、私たちへの神の約束もまた、真実です。 どのみことばの約束に信頼していますか。 祈り:神様、みことばを握って歩むことができますように。あなたこそ私たちの希望です。「わたしはすでに世に勝った」と言われたイエス様の勝利に感謝します。アーメン

Ⅱ列王記4–6

通読:  Ⅱ 列王記 4–6;  ルカ  24:36-53 「すると彼は、『恐れるな。私たちとともにいる者は、彼らとともにいる者よりも多いのだから』と言った。」 Ⅱ 列王記6:16 エリシャが行った奇跡は、イエス・キリストの地上でのわざに通じるところがあります。 4章:油、子どもの癒し、解毒、大人数の給食 5章:ナアマンの癒し 6章:斧の発見、アラム軍の撃退 もっとも、イエス・キリストはご自身が神であり、神の御力で行われました。 対して、エリシャは主の力と霊により、主のみこころを行いました。彼自身の力ではありませんでした。神が、エリシャという人を用いて栄光を現されたのでした。 私たちは、力も能力も限られています。 しかし、無限の力のある主に頼り、祈り求めることはできます。 今日も主は生きておられます。 そして、奇跡や主の不思議なわざも、超自然的に、あるいは人を通して行われています。 あきらめずに祈りましょう。 祈り:神様、あなたは生きておられます。エリシャの時代と変わらず、今もすべてを支配しておられます。主のみこころを行ってください。今日も救われる人が起こされるよう、私たちに熱い願いを起こしてください。トラクトやチラシ、ホームページを用いてください。アーメン

Ⅱ列王記1–3

通読:  Ⅱ 列王記 1–3;  ルカ . 24:1-35 「ヨシャファテは言った。『ここには、主のみこころを求めることができる主の預言者はいないのですか。』すると、イスラエルの王の家来の一人が答えた。『ここには、シャファテの子エリシャがいます。エリヤの手に水を注いだ者です。』」列王記 第二 3:11 ここで、見習うことのできる点がいくつかあります。 ・ヨシャファテ王は、戦いの前に主のみこころを求めた。 ・エリヤは、後継者エリシャを教え、主の働きができるよう訓練していた。 ・エリシャは、主の召しによって立たされ、確信をもって働いていた。 ・家来は、主の預言者として立てられている人物を即答できた。 教会やミニストリーでも、必ず交代の時期はやってきます。 後継者といって軽く扱わず、たとえ頼りなく思えても、主が立てられた器を尊重する謙遜さを身に付けましょう。 また、今はクリスチャン一人一人が主のみこころを求めることができます。 ヨシャファテ王のように、危急の時だからこそ主に求め、みこころに従う態度でいましょう。 祈り:神様、どんな時でもあなたの御顔を求めたいです。変化の時、窮地に立った時、交代の時、あなたのみこころに従う謙遜さと従順さを与えてください。アーメン 「これは主の目には小さなことです。主はモアブをあなたがたの手に渡されます。(3:18 )」

Ⅰ列王記21–22

通読:  Ⅰ 列王記 21–22;  ルカ . 23:26-56 「あなたは、アハブがわたしの前にへりくだっているのを見たか。彼がわたしの前にへりくだっているので、彼の生きている間はわざわいを下さない。しかし、彼の子の時代に、彼の家にわざわいを下す。」 列王記 第一 21:29 ひどいことばかりしてきたアハブに、神様のあわれみがそれでもあることに驚きます。 「7を70倍するまでゆるしなさい」と言われたキリストのことばを思い起こします。 祈り:神様、あなたの忍耐深さとあわれみに感謝します。私が赦されたように、私も他の人をゆるすことができますように。アーメン

Ⅰ列王記19–20

通読:  Ⅰ 列王記 19–20;  ルカ . 23:1-25 「エリヤはこれを聞くと、すぐに外套で顔をおおい、外に出て洞穴の入り口に立った。すると声がして、こう言った。『エリヤよ、ここで何をしているのか。』」 Ⅰ 列王記 19:13 バーンアウトして休んでいた時、テレビ音声や大きな音が耳ざわりで困りました。 エリヤが疲れきっている時、偉大な神が細い声で語られたとは、なんと優しく、すべてわかってくださる方でしょうか! エリヤにいきなり次のミッションを命じるのでなく、「ここで何をしているのか」と尋ねてくださる深い配慮も感じます。 エリヤが自分のアイデンティティーと使命を再び確認できるよう、押し付けず導いてくださったのです。 祈り:神様、あなたの優しさと愛は、どんな疲れきっている人でも安らぎを得ることができます。周りの人にこの主を紹介できる機会を与えてください。アーメン

Ⅰ列王記16–18

通読: Ⅰ 列王記 16–18;  ルカ . 22:47-71 「エリヤを通して言われた主のことばのとおり、かめの粉は尽きず、壺の油はなくならなかった。」列王記 第一 17:16 主は、預言者エリヤをまず烏によって養われました。 次いで、名もないやもめによって。 真実な主の備えを体験したことで、彼はいっそう主に信頼したことでしょう。 彼はやがてバアルの預言者と対決しました。 一歩ずつ、主は備えてくださいます。 このやもめも、対決を見ていた民衆もまた、主の偉大さを目の当たりにしました。 私たちにもまた、主は備えてくださいます。 祈り:神様、あなたの備えに信頼したいです。少しずつ体験を通し、みことばを通し、信仰を与えてください。アーメン

Ⅰ列王記14–15

通読:    Ⅰ 列王記 14–15;  ルカ 22:21-46 「アサは父祖ダビデのように、主の目にかなうことを行った。...高き所は取り除かれなかったが、アサの心は生涯、主とともにあり、全きものであった。」列王記 第一 15:11,14 王たちの光と影…。分裂したイスラエル王国とユダ王国、それぞれの王の経緯が列挙されます。 歴史の勉強ではないので、一つ一つを覚える必要はありません。 でも、自分ならどう記録されたいかを考えつつ読むと、今日の生き方、自制することがわかってきます。 祈り:神様、あなたの目にかなう日々を歩めますように。聖書の人物から学ばせてください。アーメン

Ⅰ列王記12–13

通読: Ⅰ 列王記 12–13;  ルカ 22:1-20 「彼は、自分で勝手に考え出した月である第八の月の十五日に、ベテルに造った祭壇でいけにえを献げた。このように、彼はイスラエルの人々のために祭りの日を定め、祭壇でいけにえを 献げ、香をたいた。」 Ⅰ 列王記 12:28 王国が分裂しました。 ソロモンの側近の知恵を聞かなかったレハブアム王も、偶像礼拝を始めたヤロブアム王も、どっちもどっちです。 ソロモンの栄華の次の代に、早くもこのような堕落が起こりました。 人の心とは、なんと弱く変わりやすいものでしょう。 さらに、争いと偶像礼拝という負の遺産が、次の代にも引き継がれていきます。 今の教会堂が建った時、文字通り命がけで祈りささげた人たちの信仰がありました。 50周年を迎えた今年、前世代のそのような信仰の経緯を知ることができて幸いです。 私たちもまた、次の世代に信仰の遺産を残したいものです。 祈り:神様、前世代の信仰を感謝します。私たちも、主のよくしてくださったことを次の世代に伝えることができますように。アーメン

Ⅰ列王記10–11

通読: Ⅰ 列王記 10–11、  ルカ 21:20-38 「ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々の方へ向けたので、彼の心は父ダビデの心と違って、彼の神、主と一つにはなっていなかった。」 Ⅰ 列王記11:4 ソロモンほどの知恵のあった王が、女性たちの影響で没落していく様子が記されています。 周囲に敵が起こり、ソロモンの身辺も穏やかでなくなります。 主の警告があった(11:9-10)のに、Finishing well(良い終わりかた)をすることができませんでした。 これは、私たちへの深い教訓です。 Finishing wellの大切さを知り、願い求めること。 素晴らしい才能や業績、知恵や賢さがあっても、人は弱いと知ること。 謙遜に主の警告を聞き、向きを変えること。 祈り:神様、人間の弱さとはかなさを覚えます。与えられているものを感謝して受け取りつつ、キリストから目を離さないように助けてください。アーメン