Iサムエル27

「ダビデは心の中で言った。『私はいつか、今にサウルの手によって滅ぼされるだろう。ペリシテ人の地に逃れるよりほかに道はない。そうすれば、サウルは、イスラエルの全領土内で私を捜すのをあきらめ、こうして私は彼の手から逃れられる。』」Iサムエル27:1

ダビデの生涯で、信仰の危機として思い浮かぶのは、バテシェバとの不倫に陥った時です。
しかし、今日のこの箇所も、かなり危うい時であったように思われます。それは、自分の心の中で、悲観的な現状把握と、自分の思いに頼った作戦が行われているからです。神様に祈り尋ねた形跡がありません。

私たちも自問自答し、悩むことが多々あります。しかし、それを祈りとして主の元に持っていかない限り、よい解決はありません。自分でうまくやったと思っても、どこかに足りなさがあります。
逆に主の元に持っていくなら、状況は変わらなくても「祈ってゆだねた」という深い安心感があります。救命ボードに乗ったような、嵐の中での希望と安堵感が与えられます。

祈り:神様、あなたが私の救いであり、私の望みです。どうしようもない思いになった時に、あなたに思いのたけを申し上げ、すがっていきたいです。あなたの深い知恵と尽きない恵みに信頼します。

「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、あなたがたの道は、わたしの道と異なるからだ。ーー主のことばーー(イザヤ55:8)」アーメン