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Iサムエル7

「サムエルは一つの石を取り、ミツパとエシェンの間に置き、それにエベン・エゼルという名をつけ、『ここまで主が私たちを助けてくださった』と言った。」Iサムエル7:12 もう随分前のことですが、知人のクリスチャンがご自宅を「エベン・エゼル」と名付けられました。様々な困難を通ったけれども、主がここまで助けてくださったという感謝をこめられたのでした。とても素敵なあかしだと思ったことでした。 「エベン・エゼル」は「助けの石」という意味です。私たちは、主が助けてくださったことをどのように記念し、感謝しているでしょうか。 礼拝でも、一週間の主の助けを「エベン・エゼル」として毎週覚える者になりたいと願います。 祈り:神様、あなたの恵みと助けを覚えることができますように。不平ではなく感謝を表すことができますよううに。問題の中にあるとき、あなたの助けを今日も信じ求めます。アーメン

Iサムエル6

「雌牛は、ベテ・シェメシュへの道、一本の大路をまっすぐに進んだ。鳴きながら進み続け、右にも左にもそれなかった。ペリシテ人の領主たちは、ベテ・シェメシュの国境まで、その後について行った。」Iサムエル6:12 主の箱がイスラエルのしかるべき場所に戻るのを、誰もが望んでいました。敵であったペリシテ人も、国境まで行って見届けました。 現在は主の箱はありません。なぜなら、イエス・キリストを救い主と信じて心の戸を開けるなら、キリストがそこに入ってくださり、キリストの霊、つまり聖霊が信じる人の心に住まれるからです。主の箱のそばにいかなくても、どこででも祈り礼拝することができるようになったからです。 せっかく住まわれている聖霊を忘れることがないように。心の片隅に追いやって無視することがないように。聖霊の小さな声を聞き分け、自分の声と区別できるように祈りたいと思います。 祈り:神様、信じる者の心に聖霊が共にいてくださり感謝します。時々存在を忘れそうになることを許してください。聖霊の導きに敏感になれるよう、私の霊の耳を開いてください。 「主が来て、そばに立ち、これまでと同じように、『サムエル、サムエル』と呼ばれた。サムエルは『お話しください。しもべは聞いております』と言った。(Iサムエル3:10)」    アーメン

Iサムエル5

「次の日、朝早く彼らが起きて見ると、やはり、ダゴンは主の箱の前に、地にうつぶせになって倒れていた。ダゴンの頭と両手は切り離されて敷居のところにあり、胴体だけがそこに残っていた。」Iサムエル5:4 主の箱を奪って得意になっていたのもつかの間、ペリシテ人の町では信じられないようなことが連続して起こりました。結局、この箱をイスラエルに返却しようという話になります。 主なる神様は、イスラエルだけの神ではありません。ペリシテ人の国でも、今日の日本でも、世界中でも同じように力あるわざができる方です。この神様に向かって祈ることができる幸いを覚えます。 祈り:神様、あなたがどんな場所でも神様であることを感謝します。世界の約3分の1の人たちがイエス・キリストを信じています。しかし、あなたのことを一度も聞いたことのない方々も多くおられます。日本でも同じです。今週も、あなたが与えてくださる出会いに感謝し、キリストの愛を分かち合うことができるよう導いてください。アーメン

Iサムエル4

「彼女は、『栄光がイスラエルから去った』と言って、その子をイ・カボデと名づけた。これは、神の箱が奪われたこと、また、しゅうとと夫のことを指したのであった。」Iサムエル4:21 イスラエルは敗れ、神の箱は奪われ、エリと息子たちは死にました。人々の罪と不信は、時にその刈り取りもすることになります。 エリの義理の娘は絶望してこのように言い残したのかもしれません。しかし、本当にこれで終わりでしょうか。 いいえ。サムエルは生きていました。また、イスラエルの中に悔い改めと信仰の刷新が起こりました。やがて主の箱は戻され、イスラエルの新しい歴史が続いていきます(7章以降)。 今絶望的に見える情勢、状況があったとしても、神様を見上げてとりなし、祈り続けるなら、神様は決して見放されません。そして、生きておられる主は、今日もご自身のよいわざをなさいます。時には、悪い状況をも用いてご自身の栄光を表してくださいます。 祈り:神様、世界も私の周りも、課題が山積みの昨今です。悩みは尽きないと思えます。でも、あなたがすべてをご存じで、あなたが決して見捨てることのない方であることに感謝します。今後の見通しが立たないように思える時、あなたの希望と平安を与えてください。____さん、_____さんに「大丈夫だ」とあなたが今日、直接語りかけ、励ましてください。アーメン

Iサムエル3

「主が来て、そばに立ち、これまでと同じように、『サムエル、サムエル』と呼ばれた。サムエルは『お話しください。しもべは聞いております』と言った。」 Iサムエル3:10 サムエルは少年でしたが、神は語られました。 エリは老人で、息子たちは不誠実でしたが、神はエリを用いてサムエルを育てられました。 当時主のことばはほとんどありませんでしたが、神様はその時語られました。 「どうせ」「だって」「まだ」というあきらめや常識は、主の前には関係ないのだとわかります。私たちが小さくても、失敗だらけでも、周りの人と違っても、主は働いてくださいます。 祈り:神様、私たちが弱くて欠点だらけでも、あなたが呼んでくださるなら応答できますよう助けてください。一歩踏み出す勇気と従う心を与えてください。アーメン

Iサムエル2

「ハンナは祈った。『私の心は主にあって大いに喜び、 私の角は主によって高く上がります。 私の口は敵に向かって大きく開きます。 私があなたの救いを喜ぶからです。主のように聖なる方はいません。 まことに、あなたのほかにはだれもいないのです。 私たちの神のような岩はありません』。」Iサムエル2:1〜2 ハンナの祈りはマリアの賛歌のようでもあり、ダビデの詩篇のようでもあります。 祈りは願い事だけではなく、信仰告白や神様への賛美も含めたものです。うまく祈れないと思う時には、聖句をゆっくり読んで告白し、心合わせて祈りとすることができます。このハンナの祈りや詩篇で祈ることも、主は喜んでくださいます。 祈り: 主なる神様、私の心はあなたにあって喜びます。 私の口は敵に向かって大きく開きます。 私があなたの救いを喜ぶからです。 あなたのように聖なる方はいません。 まことに、あなたのほかにはだれもいないのです。 私の神のような岩はありません。 アーメン  “O Lord, my heart rejoices in You. When my enemies come against me, I smile and rejoice in Your salvation. There is no one holy like You, and there is none besides You. There is no rock like You, my God! ” (Praying the Word, 1 Samuel 2:1-2, Spirit-Filled Life Study Bible)

Iサムエル1

「彼女は、『はしためが、あなたのご好意を受けられますように』と言った。それから彼女は帰って食事をした。その顔は、もはや以前のようではなかった。」Iサムエル1:18 ハンナは痛む心の思いを主にそのまま打ち明け、祈りました。その後エリと言葉を交わしました。彼女の食欲は回復し、顔も明るくなりました。 この時、まだ祈りの答えは目に見える形ではありませんでした。サムエルが生まれるのは翌年でした。それでも、信仰と励ましの言葉によって、彼女は祈りが聞かれたと確信したのでした。 祈りに主が耳を傾け、聞いてくださっている、という確信があるでしょうか。みこころがなると、主の時、主のやり方を待つことができるでしょうか。 「ですから、あなたがたに言います。あなたがたが祈り求めるものは何でも、すでに得たと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。(マルコ11:24)」 祈り:神様、ハンナのように、あなたに正直な思いを打ち明けて祈ることができますように。あなたが聞いてくださっていると確信し、安心できますように。 まだ聞かれていない祈りは、あなたの時と方法があることを信じます。自分の思ったとおりの答え方でなくても、あなたが最善をなされると信頼できる信仰を与えてください。アーメン

ルツ記4

「近所の女たちは、『ナオミに男の子が生まれた』と言って、その子に名をつけた。彼女たちはその名をオベデと呼んだ。オベデは、ダビデの父であるエッサイの父となった。」ルツ記4:17 嘆きと悲しみでベツレヘムに戻ってきたナオミに、神様は深い計画を持っておられました。未亡人で外国人、落ち穂拾いをするほど貧しかったルツに、神様は目をとめてくださいました。 想像もしなかったボアズとの結婚を通して、ダビデの祖先となりました。もっと時代が下り、救い主イエス・キリストが人として来られた家族の祖先となりました(マタイ1:5・16)。 今の悲しみと試練の向こうにも、主のよいご計画があること、主が決して私たちを見捨てない方であることを信じます。 祈り:神様、あなたのよいご計画を信じて感謝します。あなたを愛し信じる者には希望があることを感謝します。_____さん、_____さんにあなたの希望が今日心を励まし、慰め、導きとなりますように。 「あなたは、わたしが主であることを知る。わたしを待ち望む者は恥を見ることがない(イザヤ49:23)。」 アーメン

ルツ記3

「今晩はここで過ごしなさい。朝になって、もしその人があなたに親類の役目を果たすなら、それでよいでしょう。その人に親類の役目を果たしてもらいましょう。もし、その人が親類の役目を果たすことを望まないなら、私があなたを買い戻します。主は生きておられます。さあ、朝までお休みなさい。」ルツ記3:13 ボアズもルツも、誠実な人物でした。ルツは姑の指示に従い、かなりの年長者ボアズは買い戻しの権利を法律どおりの手順をふんで用いようとしました。 何よりも「主は生きておられます」という言葉に、きよい品性を覚えます。 「主の前に静まる」(片岡伸光著)という本の「夜の床で主を思う」という章が印象的でした。夜中に寝苦しくて目覚める時、眠れないことを嘆く前に、短い祈りのだととらえられたら幸いです。「主は生きておられます」と小声で言うだけでも、私たちの信仰の宣言となります。 祈り:神様、驚いた時、当惑した時にも、あなたへの信頼の言葉が出てくるように助けてください。揺れ動く私の心を守り、あなたの平安と知恵を求める品性を与えてください。アーメン

ルツ記2

「ルツは出かけて行って、刈り入れをする人たちの後について畑で落ち穂を拾い集めた。それは、はからずもエリメレクの一族に属するボアズの畑であった。」ルツ記2:3 神様の備えと配慮を感じます。 ルツと同じように、私たちの日々の中でも偶然のように思えたことが、後で振り返ると神様の深いご計画の一部として用いられていたことがあります(逆に「これはすごい!」と興奮したことがその場限りのこともありますが)。 何よりも「主があなたがたとともにおられますように」(4節)とあいさつするボアズが、悪い時代の中でも信仰の姿勢を持つ誠実な人だったことにほっとします。 祈り:神様、私の人生にもあなたの采配があることを覚えて感謝します。あなたのご計画のために私自身も用いてください。ボアズのような誠実なあわれみ深い人格へと、聖霊の働きによって整えられ、御霊の実を結ばせてください。今週もあなたと共に仕事や学校、病院、地域に出ていきます。あなたが前を進んでくださいますから、その後をついて行かせてください。アーメン

ルツ記1

「ルツは言った。『お母様を捨て、別れて帰るように、仕向けないでください。お母様が行かれるところに私も行き、住まれるところに私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。』」ルツ記1:16 ルツとナオミの喪失は大きなものでした。その中で、ルツは自分の住み慣れた環境を離れ、義母ナオミと共にベツレヘムに行くという決断をします。 士師(さばきつかさ)の治めていた暗い時代、しかも隣国モアブでの出来事でした。その中で、家庭の中に温かい愛情が流れていたことを読むとほっとします。 そして何より、「あなたの神は私の神」という信仰(漠然としたものだったかもしれませんが)が表明されたことも、希望を感じさせます。 祈り:神様、あなたの元には、どんな時にも希望があることに感謝します。 特別に、最近ご家族と死別された_____さん、_____さんに主の慰めと平安がありますようにお祈りします。また、家族との別離を経験し、信仰に立ち続けておられる_____さん、_____さんの存在を感謝します。ルツのように、励ましの器として主のご栄光のためにますます用いられますように。アーメン

士師記21

「そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれが自分の目に良いと見えることを行っていた。」士師記21:25 士師記の最後は、17:6、18:1、19:1と同様、もの悲しく、混沌とした社会情勢だったとわかる記述で終わっています。 重苦しい出来事の多い士師記でしたが、この書が主によって後世に残されていることが恵みだと言えます。なぜなら、私たちは失敗を通して学ぶからです。 繰り返す失敗の歴史を読みながら、自分自身の心も同じように混沌に陥りやすいことを覚えます。そして、弱さを知るときに謙遜にさせられます。 神様が、それでも私たちを見捨てず、愛し続け、あわれんで、救ってくださったとは、何というあわれみでしょうか。 明日も、主の愛に心から感謝し、賛美する礼拝でありますように。 祈り:神様、あなたの愛とあわれみ、恵みに感謝します。どんな混沌とした社会、混乱した私の心にも、あなたの光が差すとき希望があります。 この希望を受け取り、この週末も過ごします。感謝の応答として礼拝をささげます。礼拝に行きたくても行けない入院療養中の方々、避難中の方々、それを支えるエッセンシャルワーカーの方々に、その場所で神様との確かな交わり、礼拝の時が与えられますように。アーメン

士師記20

「また当時、アロンの子エルアザルの子ピネハスが、御前に仕えていたーー」士師記20:28a ピネハスが祭司だったことから、士師記のこの記述は時代順ではなく、ヨシュアの死後ほどなく起こったとも考えられるそうです。そうだとしたら、あまりにも早く人々の生活が乱れ、内紛が起こったことに驚きます。 同時に、人は過去の恵みを忘れ、信仰がさめやすい弱い者であることを知ります。私たちも、神様がしてくださった恵みを忘れて、つい問題ばかりに目を留めがちです。人間レベルでは問題であっても、神のご計画はもっと高く、もっと深いところにあるという信仰と希望が与えられるようにと祈ります。 祈り: 「天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い(イザヤ55:9)。」 神様、あなたのご計画は私たちの思いをはるかに越えた良きものだと信じます。今、試練の中にある____さん、_____さんを覚えてお祈りします。主にある忍耐と希望をあなたが与え、励ましてください。兄姉の人間関係を祝福してください。噂話や悪口から守ってください。祈りに代えることができますように。アーメン

士師記19

「それを見た者はみな、『イスラエルの子らがエジプトの地から上って来た日から今日まで、このようなことは起こったこともなければ、見たこともない。このことをよく考え、相談し、意見を述べよ』と言った。」士師記19:20 読むと気が重くなるような記事が続きます。レビ人の側女の死、堕落しきったギブアの町...。そして、この章をいっそう暗くしているのは、主を求めて祈る記述が出てこないからです。せめて、同じ事態の中で彼らが主に叫び求めていたら、と思います。 最近の私たちの周りにも、暗いニュースが続きます。それらを聞いて嘆くだけではなく、主の前にその嘆きを持っていくことが私たちの務めであり、幸いでもあります。 今日の情勢の中に、「そこで主の民は祈った」という一行が加えられますように。 祈り:神様、現代の ・_________ ・_________ のために祈ります。あなたが難しい事態を治めてください。あなたが痛ましい事件で傷ついた人々の心を癒してください。あなたが絶望的に見える状況を打破してください。私たちに平安と勇気を与えてください。 「世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ちました(ヨハネ16:33)」 イエス様の宣言を感謝します。アーメン

士師記18

「祭司の心は躍った。彼はエポデとテラフィムと彫像を取り、この人々の中に入って行った。」士師記18:20 祭司の心はなぜ踊ったのでしょうかーーそれは、自分がより良い条件で働けると思ったからでした。一個人でなく部族全体の祭司になるのは、いわゆる「出世」「抜擢」と思えたのです。 しかし、彼が神に聞いた形跡はありません。祈った形跡も聖書には出てきません。それどころか、自分の心の踊るままに、しかも用具や偶像まで勝手に持ち出しました。 心探られ、身が引き締まる思いです。私は、自分の心の踊るままに任せたことがないだろうか、と。神に聞いているという確信があるだろうか、と。 人の目に良いと見えることでも、神のご計画から外れたことには注意して立ち止まる者でありたいです。一時の熱意や情に流されず、神の導きを今日冷静に受け取ることができますように。 祈り:神様、あなたのご計画と導きは確かです。あなたに信頼し、あなたの声に従い進めますように。 今日は特に____さん、____さんを覚えて祈ります。今まであまり気の合わない人です。しかし、あなたのご計画のうちに出会ったと信じます。彼ら(彼女ら)のために祈り、あなたの愛で愛せるように助けてください。アーメン