Ⅰペテロ3

Ⅰペテロ3、エレミヤ51−52

「むしろ、心の中でキリストを主とし、聖なる方としなさい。あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでも、いつでも弁明できる用意をしていなさい。」Ⅰペテロ3:15

最近、聖書学校のあるコースに参加する機会があった。
あかしをしないクリスチャンは、アブラハム契約のトップライン(あなたは祝福される)だけで、そのボトムライン(あなたは国々の祝福となる)という流し出す必要性を見落としていると学んだ。
ボトムラインを遂行するには、いつも証ができる用意をしていることである。同時に、心の中でいつもキリストを主とし、聖なる方としなさい、と書かれている通り、キリストの心を我が心としたいという愛、キリストの弟子となることが重要である。

祝福を受けるだけというのは、流し出すことができず滞り、祝福が沈滞する。種も蒔けば収穫があるが、蒔かないで食べてしまうとそれっきりである。気前の良い神様の願いは、私たちも気前が良くなることである。