Ⅱ列王記24–25
通読:Ⅱ列王記24–25; ヨハネ5:1-24
「ユダの王エホヤキンが捕らえ移されて三十七年目の第十二の月の二十七日、バビロンの王エビル・メロダクは、王となったその年のうちにユダの王エホヤキンを牢獄から呼び戻し、優しいことばをかけ、バビロンで彼とともにいた王たちの位よりも、彼の位を高くした。彼は囚人の服を脱ぎ、その一生の間、いつも王の前で食事をした。」Ⅱ列王記25:27-29
あれだけ神様からの警告があったのに、それを無視して偶像礼拝と退廃に陥った国は滅び、人々はバビロン捕囚となりました。
「神が愛なら、どうしてそんな目にあわせるのだ」と言うでしょうか?
神様は預言者を立てておられました。
それなのに、「王がほしい」と言い出したのは人の側でした。
警告をたびたびなさいました。
それなのに、聞かなかったのも人の側でした。
国が滅びて終わりでしょうか?
いえ、この後に回復がやってきます。
神のあわれみは尽きません。
歴代誌では、列王記と同じ時代を信仰と神の宮の視点から再度見ます。
祈り:神様、絶望の中にも主の希望があることを教えてくださり、感謝します。今日直面している難問や試練の中にも脱出の道がある(1コリント10:13)ことを受け取ります。アーメン