民数記17-19
通読: 民数記17-19、マルコ6:30-56
「祭司は自分の衣服を洗い、からだに水を浴びる。その後、宿営に入ることができる。しかし、この祭司は夕方まで汚れる。」 民数記 19:7
母が入院している病院の中で、どうしても好きになれない臭いがありました。
マスク越しでも感じられ、家に帰ってからも鼻の奥に残るような気がします。
臭いは目には見えないけれど、洗い流されない限り残ります。
罪も同じで、きよめられない限りまとわりつきます。
祭司はいけにえをささげる時、動物の血や生肉の臭いがついたでしょう。
衣服を洗い、水浴びをするのには、臭いを流す意味もあったと思います。
キリストが私たちの罪を洗い流し、きよめてくださいました。
もうまつわりつく罪のけがれた臭いを恐れる必要はありません。
感謝します。
祈り:神様、様々な実物教材を使って教え示してくださり、感謝します。悪臭をはなつ罪のけがれが、キリストによって洗い流され、きよめられたことの素晴らしさを覚えます。アーメン