レビ記1-3
通読: レビ1-3、マタイ24:1-28
「その若い牛は主の前で屠り、祭司であるアロンの子らがその血を携えて行って、会見の天幕の入り口にある祭壇の側面にその血を振りかける。」 レビ記 1:5
「インスタントでない」ことの価値を考えさせられています。
便利なのは悪いことではありません。
でも、全てを軽く考えたり、手間のいらないものに流されたりするなら、大切にした方がよいことがあるかもしれません。
全焼のささげ物、穀物のささげ物、交わりのささげ物などの手順が教えられています。
インスタントどころか、重労働が必要で、血は飛び散り、服は汚れてと大変です。
しかし、そこに罪の重さの自覚や主への感謝の思いが強く感じられたでしょう。
イエス様は十字架にかかり、そうした手順から私たちを解放して下さいました。
私たちにとっては、救いは「インスタント」な手順で受け取っるようになりました。
でもそこには、イエスキリストの多大な犠牲が払われているのです。
この感謝を、どのように表せるでしょうか。
祈り:神様、あなたが与えてくださった福音の恵みを感謝します。当たり前のように通りすぎず、じっくりその価値を思い巡らします。信仰生活で私がその感謝をどのように表せるか、教えて下さい。アーメン