レビ記26-27

通読: レビ記26-27、マルコ2    


 「もし、あなたがたがわたしの掟に従って歩み、わたしの命令を守り、それらを行うなら、わたしは時にかなってあなたがたに雨を与える。それにより地は産物を出し、畑の木々はその実を結ぶ。...あなたがたは満ち足りるまでパンを食べ、安らかに自分たちの地に住む。また、わたしはその地に平和を与える。...」 レビ記 26:3、4、6



レビ記の煩雑(に思える)な決まりは何のためだったでしょうか。
今日の箇所を読むと、それは人の幸せのためだったとわかります。
聖書の神は、私たちを愛し恵みたいと思われる方です。
私たち人間を丁寧に創造され、扱ってくださるお方です。

下の規定も、今の社会制度でなじみのある原則です。

「イスラエルの子らに告げよ。人が人間の評価額にしたがって主に特別な誓願を立てるときには、その評価額を次のとおりにする。二十歳から六十歳までの男子なら、その評価額は聖所のシェケルで銀五十シェケル。...六十歳以上なら、男子の評価額は十五シェケル、女子は十シェケル。その人が落ちぶれていて評価額を払えないなら、その人を祭司の前に立たせ、祭司が彼の評価をする。...」レビ記 27:2-3,7-8

シルバーや子どもには負担が低く、また困窮している人には事情に合わせて額が決められます。

イエス・キリストが十字架にかかり、律法から解放してくださった今、レビ記の規定を私たちが文字通り守る必要はありません。
でも、そこに流れる原則と神の愛を学ぶことは現代でも大切だと言えます。

祈り:神様、なぜこのような命令が与えられたのかを知りました。創造主のデザインにかなって歩むことが幸せの秘訣です。みこころを歩めるよう、これからも導いてください。アーメン