ヨシュア記22-24
通読: ヨシュア記22-24、ルカ3
「主に仕えることが不満なら、あの大河の向こうにいた、あなたがたの先祖が仕えた神々でも、今あなたがたが住んでいる地のアモリ人の神々でも、あなたがたが仕えようと思うものを、今日選ぶがよい。ただし、私と私の家は主に仕える。」ヨシュア記 24:15
10代、20代の頃と異なり、限られた体力をどのように使うか工夫が必要になりました。
大切なものにエネルギーを集中させるために、優先順位が問われます。
もっとも、その順位は自分の思いだけではうまくつけられません。思い込みだったり自分のこだわりに過ぎなかったりします。
一方で、神が導き順位をつけさせてくださるなら、思いがけなくはかどり、何より喜びがあります。
神がそうさせてくださるのです。
きっとヨシュアもそうだったでしょう。
彼の信仰は素晴らしいですが、そうさせてくださったのもまた主であることを覚えます。
祈り:神様、私が自分の力でやったと言うのでなく、主がそうさせてくださったと力強く言えますように。
今日の歩みを導き、主が私に望まれることをさせてください。アーメン
