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創世記23-24

通読: 創世記23-24、マタイ7 「そして私はひざまずき、主を礼拝し、私の主人アブラハムの神、主をほめたたえました。主は、私の主人の親族の娘さんを主人の息子に迎えるために、私を確かな道に導いてくださったのです。」 創世記 24:48 サラがいなくなり、アブラハムと息子イサクは二人暮らしでした。富はあり、使用人もいたけれど、淋しい思いも経験したでしょう。 48節は、イサクの結婚相手を探しに行ったしもべのあかしです。 誰もがこのような経緯で相手を見つけるわけではありませんが、しもべのぶれない信仰と忠実さにならうことはできます。 結婚は、若い世代の一大関心事です。中高生やユースのキャンプでは、分科会に「結婚」のテーマがあるくらいです。 もっとも、イサクのように結婚する人もいれば、パウロのように独身の賜物がある人もいます。 愛するユース世代のひとりひとりが、信仰に立ち、みこころに導かれるよう祈り応援しましょう。 祈り:神様、教会に集う学生やユース世代を祝福してください。彼らの将来、結婚が、主に喜ばれるものとなりますように。私たちも祈りと、実際の励ましとで支えさせてください。アーメン

創世記20-22

通読: 創世記20-22、マタイ6:19-34  「アブラハムは、その場所の名をアドナイ・イルエと呼んだ。今日も、『主の山には備えがある』と言われている。」 創世記 22:14 長年子どもが与えられませんでした。 イサクが生まれましたが、イシュマエルとの間がぎくしゃくしました。 さらに、イサクをささげるようにと言われました… このように見ると、人生は次から次へと問題続きだと感じてしまいます。 ある面、その通りです。 しかし、アドナイ・イルエ、「備え主」の神様によってアブラハムには息子イサクが与えられた。 イサクもイシュマエルも、別の場所で子孫が増え、数えきれないほどになった。 アブラハムが神を第一にするかのテストだった。 すでに羊は用意されていた。 私たちの問題の側面には、すでに備え主の神様の解決があります。 何に信頼し、視点をどこに置くかが問われています。 祈り:神様、今日まで私の必要を備え、生かしてくださって感謝します。これからも守ってくださると信頼しできますように。不安から解放してください。アーメン

創世記18-19

通読: 創世記18-19、マタイ6:1-18  「主にとって不可能なことがあるだろうか。わたしは来年の今ごろ、定めた時に、あなたのところに戻って来る。そのとき、サラには男の子が生まれている。」 創世記 18:14 主の使いがアブラハムとサラに言いました。 新約聖書でマリアに天使が告げたのと似ています。 「神にとって不可能はない」 この後、神との交渉、ソドムとゴモラの滅亡が続きます。 主はあわれみ深く、正しい人の条件を10人まで下げ、ロトの手をつかんで退避させました。 神が全能であり不可能がないこともまた、こうした出来事を通して一つ一つ証明されています。 今日の出来事の中にも、神のあわれみと全能とが示されています。それに目を留めることができるよう、祈りましょう。 祈り:神様、周囲の出来事に、あなたのゆるしとあわれみを覚えることができますように。感情でなく、霊の目で見せてください。アーメン

創世記16-17

通読: 創世記16−17、マタイ5:27-48  「主の使いは、荒野にある泉のほとり、シュルへの道にある泉のほとりで、彼女を見つけた。 そして言った。『サライの女奴隷ハガル。あなたはどこから来て、どこへ行くのか。』 すると彼女は言った。『私の女主人サライのもとから逃げているのです。』 主の使いは彼女に言った。『あなたの女主人のもとに帰りなさい。そして、彼女のもとで身を低くしなさい。』」 創世記 16:7-9 高慢な態度をとったから仕方ないものの、ハガルが気の毒に思えます。 ハガルもサライも、どれほど傷ついたでしょうか。 主は、傷つきぼろぼろになった者を「見つけ」てくださいます。 名前を呼んでくださいます。 全てご存知でも「あなたはどこから来て、どこへ行くのか」と尋ね、私たちの答えを待っておられます。 神の前に率直に出るとき、今日も神は行くべき道を教えてくださいます。 あるいは、留まるようにという場合もあります。 ハガルが女主人の元に戻り、謙遜になるよう教えられたように。 祈り:神様、あなたと共に決断していきます。時には気の進まないこともあります。留まるように導かれる時には、謙遜になれるよう助けてください。アーメン

創世記13-15

通読:創世記13-15、マタイ5:1-26 「アブラムは主を信じた。それで、それが彼の義と認められた。」 創世記 15:6 アブラムは、ロトと別れて住むようになりました。 甥のロトによい土地を選ばせました。 また、戦いの時は彼を助けました。 アブラムはよい人でした。 しかし、彼には切望していた子どもがいませんでした。 それは彼の財産では埋められないものでした。 良い人が苦難にあうのはなぜか、と私たちは問います。 もしかすると、良い人だからこそ神は信仰の戦いに招いておられるのだろうか… 神は共にいて、その人を信仰の勇者へとさらに成長させるのかもしれません。 ただ一度のささげものとして十字架にかかったキリスト、この方を救い主信じる信仰が私たちを義とみなすのです。 祈り:神様、アブラムのように実直な信仰と行動を与えてください。試練や問題を、肉の目だけで判断しないよう、あなたに霊の目を向けられるよう助けてください。アーメン

創世記10-12

通読: 創世記10-12、マタイ4 「主はアブラムに言われた。『あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。...わたしは、あなたを祝福する者を祝福し、あなたを呪う者をのろう。地のすべての部族は、あなたによって祝福される。』」創世記 12:1,3 「住み慣れたわが家で最後まで暮らしたい」と父はよく言いました。 彼にとって、自宅を離れるのは身体の一部を失うような思いでした。 アブラムが故郷を出るのも、易しいことではなかったはずです。 それでも、彼は主のことばに従いました。 神の目的は、彼が祝福されるに留まらず、彼を通して周囲が祝福されることでした。 バベル(11章)以来散らされたすべての民族、部族の祝福のためでした。 クリスチャンも、神の祝福を流すために召されています。 自分ももちろん、他者の祝福のために用いられるようにと願われ、生かされています。 気前よく流し出すところに、また神の祝福が注がれていきます。 祈り:神様、あなたの摂理とダイナミックなご計画を経験させてください。気前よく分かち合う信仰と勇気を与えてください。アーメン

創世記7-9

通読: 創世記7-9、マタイ3 「虹が雲の中にあるとき、わたしはそれを見て、神と、すべての生き物、地上のすべての肉なるものとの間の永遠の契約を思い起こそう。」創世記 9:16 大洪水という試練の間、毎日が長く感じられたかもしれません。 いつまでか、いつになれば終わるのか、先が見えないときに、失望感や抑うつがやってきます。 私自身も、パンデミックの時はこれからどうなるのかと思ったことでした。 先の見渡せない私たちと異なり、神は永遠を見ておられます。 キリストによる救いは聖書を貫くテーマであり、永遠のスケールの計画です。 この方に信頼するほど確かなことはありません。 祈り:神様、あなたは永遠の視点から、私を導いてくださいます。あなたの用いたいと思われる所に私を置いてください。試練の時にも、どうか心を守ってください。アーメン

創世記4-6

通読: 創世記4-6、マタイ2 「これはノアの歴史である。ノアは正しい人で、彼の世代の中にあって全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。」創世記 6:9 当時は悪が満ちた時代でした。 「主は、地上に人の悪が増大し、その心に図ることがみな、いつも悪に傾くのをご覧になった。(6:5)」 「心に図ること」…ニッキー・ガンベルは、「悪は行いや態度だけでなく、思いと想像から生じる」とコメントしました。 私たちは、いともたやすく妄想し、否定的な思いになります。 ノアはぶれずに正しく生きました。 それは、彼が神とともに歩んだからでした。 私たちも、情報が飛び交う時代に、主とともにぶれずに歩めますように。 祈り:神様、私の心を導いてください。悪い空想、考えに支配されないように、心を見張ることを教えてください。アーメン

創世記1-3

通読: 創世記1-3、マタイ1 「神は仰せられた…」 「神である主は言われた」 創世記1:3、6、9、11、14、24、26、29、    2:18 この世界を創造される時、神はことばで命じられました。すると万物が秩序を持って麗しく存在し始めました。 私たちが神のことばに聞くなら、今年も神のご計画が進んでいると希望を持つことができます。 聖書のことばを蓄え、心に神の語りかけを聞きましょう。 祈り:神様、今年も聖書のことばに親しみ、日々の出来事の中にあなたの導きを求めます。アーメン