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マタイ27

「そのとき、預言者エレミヤを通して語られたことが成就した。『彼らは銀貨三十枚を取った。イスラエルの子らに値積もりされた人の価である』」マタイ27:9 エレミヤ19:11、32:6-9、ゼカリヤ11:12-13がこの預言の引用箇所と思われます。 陶器師の畑を買い取ったこと、それが銀貨30枚だったことが語られています。 今日の私たちが旧約聖書から一部をつまみ食いのように拾い上げ、こじつけて解釈することは間違いです。 しかし、福音書を書いたマタイや聖書の記者たちは、神の霊感に導かれました。 そして、全体を読んでもそれは矛盾のないように組み合わさっています。 神の知恵と素晴らしさは人間の知恵を越えています。 細胞の中のナノ単位にも驚くべき世界が広がっているそうです。これもまた、神の知恵です。iPS細胞の山中伸弥教授にも「神がいると思えてしまう」と言わせるほどです(NHKスペシャル 人体3 第一集 命の源 細胞内ワンダーランド 2025.4.27放送)  祈り:神様、あなたの知恵、あなたのみわざは恐ろしいほどに素晴らしく、想像を絶するものです。過去、現在、未来にわたってあなたが全世界を支配しご計画を持っておられることに感謝します。その前にひれ伏します。アーメン

マタイ26

「これは多くの人のために、罪の赦しのために流される、わたしの契約の血です。」マタイ26:28 聖さん式をするとき、いつも読まれる箇所です。 耳慣れた聖句ですが、どのくらい味わっているでしょうか。 契約の血は、イエス・キリストの生身に釘が打たれ、流された血によるものでした。 その象徴として、信じる者はぶどう液を頂きます。 次回の聖さん式では、ぶどう液をいつもに増して見つめ、ゆっくりと味わい、主の支払ってくださった罪の代価に思いをはせてみませんか。 祈り:神様、キリストの契約の血が流され、私たちの罪の代価が支払われ赦されたことを感謝します。いつも思い起こし恵みを忘れることがないよう助けてください。アーメン

マタイ25

「ですから、目を覚ましていなさい。その日、その時をあなたがたは知らないのですから。」マタイ25:13 「天の御国は、それぞれともしびを持って花婿を迎えに出る、十人の娘にたとえることができます」(1節)とたとえが始まります。 5人は油をもっていませんでしたが、あとの5人はもっていました。 用意ができていること、備えができていることを「目を覚まして」と表現しています。 イエス様が今日来られるとしたら、用意はできていますか? それともあわてふためくでしょうか。 油の用意をしていた娘のようなら、平安にその日を迎えることができます。 祈り:神様、目を覚まして備えていられるよう、平安と主への信頼を与えてください。いつかはわからなくても、その日が必ずやってくると約束されていることに感謝します。落ち着いて生活できるよう、連休中に新年度の歩みを振り返り、あなたと過ごす時間をもっととりたいです。アーメン

マタイ24

「人の子は大きなラッパの響きとともに御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで四方から、人の子が選んだ者たちを集めます。」マタイ24:31 イエス様が終末について話されます。惑わすものが多く出てくるけれども、心揺るがせないように。そして、イエス様が再び来られます。 黙示録でも似た光景が描写されています。 幼いころ、この部分の描写が怖くて読むのがきらいでした。 でも今は大丈夫です。 恐ろしそうに思えますが、イエス・キリストを救い主と信じる人にとっては、こわがる必要はないとわかったからです。 その日は究極の救いの日、完成の日です。 滅ぼされるのではなく、涙をぬぐわれ主と共に過ごす素晴らしい日です。 祈り:神様、イエス・キリストを信じる者にとっては、主が再び来られる日は喜びと賛美の日です。その日まで期待しつつ歩ませてください。アーメン

マタイ23

「わざわいだ、偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは白く塗った墓のようなものだ。外側は美しく見えても、内側は死人の骨やあらゆる汚れでいっぱいだ。」マタイ23:27 イエス様の厳しいおことばにはっとします。 偽善を行っていた人たちに対して、外側は美しくても内側は汚い「白く塗った墓のようなものだ」とおっしゃいました。 イメージが浮かびますね。 人の外側にあるものより内側が大切だ、と聖書は語ります。 もし心や考えに汚れたものが詰まりかけているなら、掃除が必要です。 悪魔が悪い思いや考えを持ってくるなら、神の武具(エペソ6章)で装備し、戦いましょう。 勝利はすでに主のものですから、私たちはその主の力に信頼するのみです。 祈り:神様、私たちの内側を照らしてください。喜ばれないものがあるなら取り除き、霊的な攻撃から守り、あなたの喜ばれることを思い実行するものとならせてください。今日のユース運動会が事故や怪我から守られ、よい交流の時となりますように。アーメン

マタイ22

イエスは彼らに言われた。「それでは、どうしてダビデは御霊によってキリストを主と呼び、『主は、私の主に言われた。 「あなたは、わたしの右の座に着いていなさい。 わたしがあなたの敵を あなたの足台とするまで」』 と言っているのですか。」マタイ22:43~44 旧約時代の王、ダビデが主の霊によって預言していた聖句が引用されています。 ダビデの子孫ではあるけれどご自身こそ救い主キリストであることを、イエス様は明らかにされました。 マタイの福音書は、当初ユダヤ人たちに向けて書かれました。ですから、彼らが親しんでいた旧約聖書が多く引用され、確かに彼らが待っていたメシアが来られたのだと証ししようとしています。 今、私たちは日本で暮らしています。あるいは海外で日本語を使っているかもしれません。日本語を話す人たちにとってもイエス・キリストが救い主であることを、どのようにわかりやすく証しできるでしょうか。 祈り:神様、日本語を話す人たちに、聖書やイエス・キリストに関する情報が豊かに届きますように。私たちも等身大のあかしをしたいです。祈りと主の知恵によって備えさせてください。アーメン

マタイ21

イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、聖書に次のようにあるのを読んだことがないのですか。 『家を建てる者たちが捨てた石、 それが要の石となった。 これは主がなさったこと。 私たちの目には不思議なことだ。』」マタイ21:42 祭司長やパリサイ人が見捨て殺したお方、イエス・キリストが救いの土台となられました。 惨めな姿にされ、ばかにされて十字架刑を受けられた方は、常識的には敗北者でした。 しかし、霊の世界においては旧約聖書の預言を成就し、神の救いの計画を成し遂げた唯一のお方でした。 見えるところでは、ただ殺され、墓に入れられ、三日目に遺体が行方不明になりました。 しかし、霊の世界においては、罪と死の力に勝利し、復活し、永遠の救いの道を開かれました。 見えるところや常識にこだわっているでしょうか。あるいは、神の思いがけない計画を受け入れる用意ができているでしょうか。 祈り:神様、私たちの目には不思議に思えるあなたの導きを、常識や先入観ではなく霊の目で見ることができるよう、助けてください。アーメン

マタイ20

「あなたの分を取って帰りなさい。私はこの最後の人にも、あなたと同じだけ与えたいのです。」マタイ20:14 夕方来て少しだけ働いた人にも、早朝から働いた人と同じだけ賃金を払うことについての、主人の見解です。 それは、主なる神様が気前のよいことを表しています。 気前のよい神様を味わっていますか? 祈り:神様、あなたの豊かさ、気前のよさに感謝します。私があなたのみわざを過小化することがないように導いてください。毎日があなたの守りのうちに備えられていることに感謝します。アーメン

マタイ19

「しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になります。」マタイ19:30 競争心のある方ですか? それが励みになり、良いものを追求する動機になることもあります。 しかし、過度に比較すると、優越感や劣等感のとりこになってしまいます。 聖書は、天の国は先の者が後になり、後の者が先になることがあると語っています。 自分が先の者なら悔しいですが 後の者であることを思うと、主の恵み深さを実感します。 年下の人や信仰の間もない人がどんどん霊的に成長するのを、心から喜べる者となれますように。 祈り:神様、あなたの恵みとあわれみの深さに感謝します。互いの成長を喜びあえますように。アーメン

マタイ18

「まことに、もう一度あなたがたに言います。あなたがたのうちの二人が、どんなことでも地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父はそれをかなえてくださいます。」マタイ18:19 昨日はイースターの幸いな礼拝でした。心を一つにして主を見上げ、礼拝をささげ、賛美をし、祈ることの恵みを実感しました。 イエス様は、祈りについて二人でも共に心を合わせるなら、父はそれを聞いてくださると教えてくださいました。 そして 「二人か三人がわたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいるのです(20節)」と、イエス様ご自身も共にいると言われました。 一人で祈るのも恵みですが、二人、三人と共に祈るのは大きな励ましであり恵みです。祈りの友がいますか?互いに祈りあえる信仰の友は、どんなプレゼントにも勝る主の贈り物です。 祈り:神様、信仰の友を与えてくださり感謝します。同じ主を見上げて祈り合う時、信仰が励まされます。主が聞いていてくださることを信じます。アーメン

マタイ17

「『人の子は彼らに殺されるが、三日目によみがえります。』すると彼らはたいへん悲しんだ。」マタイ17:23 イースターおめでとうございます! 弟子たちはイエス様の死とよみがえりを聞かされても「たいへん悲し」みました。 理解できなかったからです。 しかし、イエス様はそれが神のご計画であること、そして悲しみで終わるのではないことをすでに知っておられました。 そして実際もその通りです。 イエス・キリストの復活が、二千年にわたって世界中で喜びと感謝の事実として祝われています。 私たちは主の復活と、それが自分に関係のあることだということを信じています。 「からし種ほどの信仰」(20節)だとしても、持てば永遠のいのちが得られるという恵みの中に生きています。 この恵みの大きさを味わいましょう。 祈り:神様、あなたの復活の力を感謝します。死を打ち破り、よみがえってくださり、永遠のいのちへの道を確かにしてくださって感謝します。イースターを兄弟姉妹と共に喜び、共に祝います!アーメン

マタイ16

「そのときからイエスは、ご自分がエルサレムに行って、長老たち、祭司長たち、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、三日目によみがえらなければならないことを、弟子たちに示し始められた。」マタイ16:21 イエス様はご自身が十字架にかかられ、よみがえられることをすでに知っておられました。 また、ご自身がキリストであることも弟子たちに明らかにされました。 ふり返る時、弟子たちにはそのことが理解できました。しかし、この時にはあまりよくわからなかったようです。 今の私たちは、キリストの十字架と復活の意味が聖書によって明らかにされています。それを信じ受け入れるだけでよいという、恵まれた時代に生かされています。 明日はイースター(復活際)です。日本でもだんだんと知られるようになりましたが、お祭りとか年中行事と捉えがちです。 ひとりでも多くの人が、本当の意味と救い主を知ることができますように。 祈り:神様、イースターがなぜ素晴らしい記念日なのか、知らない人がほとんどです。自然な会話ややり取りの中で、福音を分かち合う機会を与えてください。アーメン

マタイ15

「『この民は口先でわたしを敬うが、 その心はわたしから遠く離れている。彼らがわたしを礼拝しても、むなしい。 人間の命令を、教えとして教えるのだから。』」」マタイ15:8~9 パリサイ人や律法学者たちに対して、イエス様はイザヤの預言を引用して厳しく叱責されました。 というのも、彼らがみことばの字面をとり、本質をねじまげて「神にささげたから父母にあげる物はない」というふうに曲解していたからです。 私たちが同じような偏りに陥らないよう祈りたいです。 自分の都合のよいようにみことばを解釈したり、働き人や兄姉の心からの忠告を聞き入れなかったりする者でなく、イエス様の前に心探られ砕かれた者となりますように。 そして、今日は十字架にかかってくださったイエス様を特に覚えて感謝します。 祈り:神様、あなたの前にへりくだることを教えてください。 みことばを受けとる謙遜さと兄姉の真心に感謝する心を与えてください。あなたの十字架の愛を覚えて感謝します。アーメン

マタイ14

「人々はみな、食べて満腹した。そして余ったパン切れを集めると、十二のかごがいっぱいになった。」マタイ14:20 私たちは自分には少ししかない、無理だ、と言い訳をしがちです。 ちょうど「ここには五つのパンと二匹の魚しかありません」(17節)のように。 しかし、主はそれを用いて五千人以上を満足させたお方です。 小さなものを主のために差し出す時に、主は喜んでくださり、ご自身の力で用いてくださいます。 心のたんすの中にしまっているもので、何を主におささげできるでしょうか。 祈り:神様、私に与えられているものは、あかしも賜物も時間も持ち物も、全てあなたからのものです。私の____を、主の栄光のためにおささげできるよう、そして用いていただけますように。アーメン

マタイ13

「それは、預言者を通して語られたことが、成就するためであった。『私は口を開いて、たとえ話を、世界の基が据えられたときから 隠されていることを語ろう。』」マタイ13:35 詩篇78篇2節に「私は口を開いて たとえ話を 昔からの謎を語ろう」 とあります。 主を信じ賛美する者を通して、主が預言を与えられたことがわかります。 ただすてきな詩として味わうだけでなく、詩篇にも主のご計画やみこころが現されているのだと思うと、その奥深さに興味はつきません。 今日も、主を愛し信頼する人を通して、主が預言の言葉を与えてくださることがある、と私は信じます。 それは聞く人の徳を高め、建て上げ励ますための主の愛に根ざしたものであると思います(人を縛り、落胆させるものには注意が必要です)。 第一コリント 14:1「愛を追い求めなさい、。また、御霊の賜物、特に預言することを熱心に求めなさい。」 14:3「預言する人は、人を育てることばや勧めや慰めを、人に向かって話します。」 14:4「...預言する人は教会を成長させます。」 祈り:神様、あなたのみ思いを、人を通しても表してくださり感謝します。判別する力を与えてください。また、人を育て勧め励まし、教会を成長させる主の愛の言葉を与えてください。アーメン