イザヤ65-66

通読: イザヤ   65–66; 1 テモテ   2

「主はこう言われる。 『天はわたしの王座、地はわたしの足台。 あなたがたがわたしのために建てる家は、 いったいどこにあるのか。 わたしの安息の場は、いったいどこにあるのか。』」イザヤ66:1

この主の語りかけ、問いかけを真剣に考えてみたいと思います。
天も地も主が造られ、その中で行われる活動のいっさいも主のゆるしと御手の中にあります。

わたしたちが主のために建てる家ーーミニストリーや奉仕もーーは、いったいどこにあるでしょうか。
主を中心に置いているでしょうか、と問われるように思います。

どんなに良い活動も、すぐれた奉仕も、そこに主がいなければむなしいのです。
そして、主抜きに進んでしまう危険もあります。
祈りつつ、主に聞きつつ。
ある牧師先生が「引き算でいきましょう」と言われました。

自分の思い、活動は引き算で、人の情も引き算で、主の思いが太く中心に来るような歩みを願います。

祈り:神様、ゆるがないあなたを心の中心に置き、今日も歩みたいです。人との折り合い、効率、成果は悪いものではありませんが、それらのゆえにあなたをないがしろにすることがありませんように。アーメン


「これらすべては、わたしの手が造った。 それで、これらすべては存在するのだ。 ──主のことば── わたしが目を留める者、それは、 貧しい者、霊の砕かれた者、 わたしのことばにおののく者だ。」イザヤ66:2