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詩篇23

「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。」 詩篇 23:1 今年も残りわずかになりました。 詩篇を読みながら、1年の感謝とふりかえりの時を持ちましょう。 先日の子どもメッセージでも、キリストが羊飼いとして、羊のような私たちを導いてくださるとありました。 経済的物資的な守りとは、額面ではありません。 与えられたものをうまくやりくりしたり、工夫して満足できる用い方ができるのも祝福です。 キリストとともに歩むなら、精神的、霊的にも乏しさから守られます。 祈り:神様、この一年の守りと導きをありがとうございました。魂の羊飼いとして、新しい年も私を導いてください。アーメン ※ 新年は、1年で聖書通読(旧約・新約並行)をします。 デイリーブレッド他の通読表に沿って読み進めます。

詩篇150

「息のあるものはみな主をほめたたえよ。ハレルヤ。」詩篇 150:6 今年も残りわずかになりました。 詩篇を読みながら、1年の感謝とふりかえりの時を持ちましょう。 詩篇は、何度も何度も「主をほめたたえよ」と言います。 息のあるもの、つまり生かされていること自体が、主をほめたたえる理由です。 今年も生かされて終えようとしていることに、感謝をささげましょう。 祈り:神様、今年もあと二日になりました。ここまで守ってくださり、ありがとうございます。 生かされていることに感謝します。アーメン

詩篇149

「敬虔な者たちは栄光の中で喜び躍れ。自らの床の上で高らかに歌え。」詩篇 149:5 今年も残りわずかになりました。 詩篇を読みながら、1年の感謝とふりかえりの時を持ちましょう。 来年から5年日記をつけようと思い、日記帳を買ってきました。 寝る前にベッドで一日を振り返るつもりです。 今日の詩篇は、床(ベッド)の上で神様を賛美せよ、と勧めます。 夜なのか、病やケガで伏せっているのか。私たちがベッドにいる時は無力です。 弱く、ありのままで心を主に向ける時、主の恵みを思い出してみましょう。 今年の感謝が、いくつ思い浮かびますか。 祈り:神様、今年の恵みの数々に感謝し、あなたを賛美します。すっかり忘れていることも含め、あなたのあわれみと恵みに気づかせてください。アーメン

詩篇148

「日よ 月よ 主をほめたたえよ。主をほめたたえよ すべての輝く星よ。」詩篇 148:3 今年も残りわずかになりました。 詩篇を読みながら、1年の感謝とふりかえりの時を持ちましょう。 今年見た、どんな景色や自然が心に残っていますか? 新年には、初日の出を見ようという人が多くいます。 太陽や自然が素晴らしいと思うなら、それを造った神はもっと偉大で素晴らしい方です。 自然はその方の栄光を反映しているのです。 今日の詩篇は、天にあるものも、地上のものも、こぞって主を賛美せよとの招きです。 「主の御名をほめたたえよ。主が命じて それらは創造されたのだ。(5節)」 祈り:神様、あなたはすべてのものの創造主、支配者です。間違いなく頼れるお方を、私たちの家族、友人、知人が知り賛美する日を願い求めます。アーメン

詩篇147

「主は心の打ち砕かれた者を癒やし 彼らの傷を包まれる。 主は星の数を数え そのすべてに名をつけられる。」詩篇 147:3-4  今年も残りわずかになりました。 詩篇を読みながら、1年の感謝とふりかえりの時を持ちましょう。 聖書の神は、創造主であり「星の数を数え そのすべてに名をつけられ」た、全知全能の方です。 同時に、私の心の状態をわかってくださり、慰めと癒しを与えてくださる方です。 今年、傷ついた心を主が癒してくださった経験がありましたか? 宇宙を造った方が、私に関心を持っておられる幸いを覚えつつ。 祈り:神様、自分には価値がないと思っている人にあなたの愛が届きますように。ひとりひとりの信仰者が、愛の神様を自分のことばで分かち合えますように。アーメン

詩篇146

「ハレルヤ。わがたましいよ 主をほめたたえよ。」詩篇146:1 クリスマスが過ぎると、今年もあとわずかです。 何となく気ぜわしく、主を見上げることを忘れがちです。 今日からの詩篇は「ハレルヤ詩篇」と呼ばれます。 「主をほめたたえよ」と自分の心に命じています。 主は ・虐げられている者のためにさばきを行い ・飢えている者にパンを与え ・捕らわれ人を解放され ・目の見えない者たちの目を開け ・かがんでいる者たちを起こされ ・寄留者を守り ・みなしごとやもめを支えられる 方です(7-9節)。 気になることが山積みなら、この優しく恵みとあわれみに富むお方を見上げ、賛美と心の願いを叫んでみませんか。 祈り:神様、あなたをほめたたえます。そして、あなたに本音で祈り求めます。ありのままの私たちの心を受け止め、諭し、あらたな霊の視野を開いてください。アーメン

詩篇46

「やめよ。知れ。わたしこそ神。わたしは国々の間であがめられ地の上であがめられる。」詩篇46:10 今年も残りわずかになりました。 詩篇を読みながら、1年の感謝とふりかえりの時を持ちましょう。 この節から、個人的にも静まる大切さを教えられます。 同時に、世界の平和のために切に祈ることも、信仰者に命じられています。 前の9節 「主は 地の果てまでも戦いをやめさせる。弓をへし折り 槍を断ち切り戦車を火で焼かれる」 でも、神が平和を望まれることがわかります。 小さな違いや欲望でぶつかる人間の争いは愚かです。 世界の王の王は主である、と宣言します。 祈り:神様、あなたこそ主の主、王の王です。世界の争い、個人のいざこざをやめさせてください。私を、平和をつくる者として練りきよめてください。アーメンを

詩篇27

「一つのことを私は主に願った。 それを私は求めている。 私のいのちの日の限り  主の家に住むことを。 主の麗しさに目を注ぎ その宮で思いを巡らすために。」詩篇27:4 今年も残りわずかになりました。 詩篇を読みながら、1年の感謝とふりかえりの時を持ちましょう。 主の家に住み、賛美と黙想をしたいと、詩人は切に願いました。 「それは 主が苦しみの日に私を隠れ場に隠し その幕屋のひそかな所に私をかくまい 岩の上に私を上げてくださるからだ。」(5節) 今年、主が御手でかくまってくださったという経験をしたでしょうか。 教会に集う恵みを感じたのは、どんな時でしたか。 祈り:神様、あなたの元に平安と守りがあります。主の教会に合わされた霊の家族の存在を感謝します。アーメン

詩篇119

「そうして私は広やかな所に歩いて行きます。あなたの戒めを私が求めているからです。」詩篇119:45 今年も残りわずかになりました。 詩篇を読みながら、1年の感謝とふりかえりの時を持ちましょう。 アダムとエバは、罪を犯した時に隠れました。 今も、人は隠れたり逃げたりします。 堂々と広い所を歩けるのは、心に責められることがないからです。 それはその人が立派だからてはなく、神のみことばを求めて従うことを選ぶからです。 「こうして私は あなたのみおしえをいつも とこしえまでも 守ります。」(44節) 今年、どのくらいみことばに親しみましたか。 心に響いた聖句は何でしたか。 祈り:神様、みことばがよりよくわかるよう、聖霊によって読むことができるよう導いてください。アーメン

詩篇118

「主は私の味方。私は恐れない。人は私に何ができよう。」詩篇118:6 今年も残りわずかになりました。 詩篇を読みながら、1年の感謝とふりかえりの時を持ちましょう。 人を恐れる時がありましたか。 あるいは、人の言動にうろたえたことがありましたか。 主はどのように脱出の道を備えてくださいましたか。 「すべての国々が私を取り囲んだ。しかし主の御名によって 私は彼らを断ち切る。(10節)」 たとえ八方塞がりとなっても、 「主の御名によって…断ち切る」と宣言できる幸いを持っています。 「インマヌエル」共におられるお方が、私たちの味方です。 祈り:神様、孤立しても、窮地に立っても、あなたが共にいてくださるから感謝します。ひとりでない幸いを覚えます。アーメン

詩篇116

「主が私に良くしてくださったすべてに対し私は主に何と応えたらよいのでしょう。」詩篇116:12 今年も残りわずかになりました。 詩篇を読みながら、1年の感謝とふりかえりの時を持ちましょう。 この1年、健康状態はいかがでしたか。 「そのとき 私は主の御名を呼び求めた。『主よ どうか私のいのちを助け出してください。』(4節)」 命の危険を感じ、このように叫びましたか。  「この私は恐れうろたえて言いました。『人はだれでも偽りを言う』と。(11節)」 誰かのうそや裏切りで傷つきましたか。 それでも今日を迎えているのは、主の守りゆえです。「主が私に良くしてくださったすべてに対し 私は主に何と応えたらよいのでしょう。(12節)」 祈り:神様、あなたがよくしてくださったことに感謝します。お返しは到底できませんが、思い出しては感謝し、主を賛美します。アーメン

詩篇115

「主を恐れる者たちよ 主に信頼せよ。主こそ助け また盾。」 詩篇 115:11 今年も残りわずかになりました。 詩篇を読みながら、1年の感謝とふりかえりの時を持ちましょう。 主に信頼すればよいとわかりながらも、つい悩んで思い煩うことがありました。 主に信頼したいと思いながらも、忍耐が試されると長く感じられました。 様々なことが起こったこの1年で、主に信頼し、主のタイミングを待つことができたのはいつでしたか。 「私たちの神は 天におられ その望むところを ことごとく行われる。(3節 )」 祈り:神様、あなたは真実な方でした。 私の祈りを、思いがけない形で聞いてくださいました。あなたのみこころを待つ忍耐を、さらに私に与えてください。アーメン

詩篇113

「ハレルヤ。主のしもべたちよ ほめたたえよ。主の御名をほめたたえよ。」詩篇113:1 今年もあと2週間となりました。 詩篇を読みながら、1年の感謝とふりかえりの時を持ちましょう。 主をほめたたえることが命じられています。 何を置いても、まずすべきことだ、と言わんばかりです。 しかし、実生活では、賛美よりも悩みや願いについ偏りがちです。 祈りが聞かれたことを忘れ、いくつかまだ答えられないことに不満を言う私たちです。 「日の昇るところから沈むところまで 主の御名がほめたたえられるように」(3節)。 1年をふりかえり、主のよくしてくださったことは何でしたか。 今日はそのことを覚え、主をほめたたえましょう。 祈り:神様、___________________をありがとうございました。あなたのお名前を賛美します。アーメン

黙示録22

「これらのことを証しする方が言われる。『しかり、わたしはすぐに来る。』アーメン。主イエスよ、来てください。」黙示録22:20 ヨハネは、最後に「主イエスよ、来てください」と祈りました。 彼が見た光景には、さばきや戦いの場面もありました。 しかしそれ以上に、イエス・キリストと天の国が素晴らしいことがわかりました。 また、信仰者は恐れなくてよいこともわかりました。 だからこのように祈れたのです。 私たちも、ヨハネと同じ期待をもって日々歩めますように。 祈り: 「わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである(13節)」と言われた主よ、あなたに信頼します。あなたがすべてのもの、私たちのいのちも死も、支配しておられることに平安を見いだします。アーメン ※明日から年末は、感謝の詩篇を読み、1年を振り返ります。

黙示録21

「都には神の栄光があった。その輝きは最高の宝石に似ていて、透き通った碧玉のようであった。」黙示録21:11 神の栄光で輝く都!最高の宝石のような輝きとは、どれほど美しいでしょう。 「都の城壁は碧玉で造られ、都は透き通ったガラスに似た純金でできていた(18節)」とも描写されています。 子羊であるイエス・キリストの栄光は、「都は、これを照らす太陽も月も必要としない(23節)」ほどです。 この美しさは他人事ではなく、キリストを信じる人たちなら誰でも招かれる場所です。 何より素晴らしいのは、 「神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない(4節)」ことです。 祈り:神様、天の国を楽しみにします。そこに家族と共に入れることを願います。アーメン

黙示録20

「この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対して、第二の死は何の力も持っていない。彼らは神とキリストの祭司となり、キリストとともに千年の間、王として治める。」 黙示録 20:6  迫害の中で信仰を捨てなかった人たちは「幸いな者、聖なる者」と呼ばれ、第一の復活にあずかりました。 日本で信仰を守るのは、決して易しいことではありません。 いろんなプレッシャーや偶像のあふれる中で悩む私たちを、主は「よくやった、忠実なしもべよ」とねぎらってくださいます。 祈り:神様、あなたの元に行く日まで信仰をお守りください。忍耐を与えてください。アーメン

黙示録19

「私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。子羊の婚礼の時が来て、花嫁は用意ができたのだから。」黙示録 19:7  イエス様が地上を歩まれた時、婚礼のたとえや話題が何度も出てきました。 (マタイ22、25章、ルカ12章、ヨハネ2章) ルカ12:36 では 「主人が婚礼から帰って来て戸をたたいたら、すぐに戸を開けようと、その帰りを待っている人たちのようでありなさい」と、私たちのキリストを待つ姿勢にも触れられています。 それは訓示だけではありません。 やがて、子羊であるイエス・キリストの祝宴が確かにあることを黙示録は再度確認させてくれます。 祈り:神様、その日を待ち望みます。イエス・キリストを救い主と信じる人にとっては、喜びと賛美の日が将来に用意されていることに感謝します。その喜びを期待しつつ、今日も人生の一歩を歩む力をください。アーメン

黙示録18

「天よ、この都のことで喜べ。聖徒たちも使徒たちも預言者たちも喜べ。神があなたがたのために、この都をさばかれたのだから。」黙示録 18:20 実家の整理をすると、父がかつて大切にしていた書類や記念品の一部がぼろぼろでした。 経年劣化によるものですが、ゴミとして処分するしかないものも多くありました。 父が晩年には、それらよりイエス・キリストに頼って生きることができ、本当に幸いでした。 罪深い行為に満ちた大バビロンの都は、主のさばきで滅びます。 人の知恵も成果も、永遠ではないことを覚えます。 永遠のものに目を留める人は幸いです。 祈り:神様、万物は変わりすたれても、イエス・キリストとそのことばは変わらないことに感謝します。確かなものに頼ることを教えてください。アーメン

黙示録17

「それは、神のことばが成る時まで、神はみこころが実現するように王たちの心を動かし、彼らが一つ思いとなって、自分たちの支配権を獣に委ねるようにされたからです。」黙示録 17:17 王が獣に従うようにされるのはなぜだろうか。 一時的な状況は理解できないかもしれません。 悪者が栄えるように思えます。 しかし、それは神のみこころがなるためのプロセスです。 短絡的な評価、判断しかできない私たちの思いを越えた神の計画があります。 「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、あなたがたの道は、わたしの道と異なるからだ。──主のことば──天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」イザヤ55:8-9 祈り:神様、あなたのご計画に信頼する信仰を与えてください。試練を通っている_____さん、_____さん、そして私自身にも忍耐と力を与えてください。アーメン

黙示録16

「また私は、祭壇がこう言うのを聞いた。『しかり。主よ、全能者なる神よ。あなたのさばきは真実で正しいさばきです。』」黙示録16:7 聖書の神様は、愛と恵みに満ちています。 同時に、正しく義である方です。 罪をそのままにされることはありません。 気づいて、気づかずを問わず、犯した罪は、機会のあるごとに悔い改め、赦して頂きましょう。 苦い思い、人を赦せない心、疎ましい思いなど、聖霊が光を当てられることが悔い改めの機会です。 「─見よ、わたしは盗人のように来る。裸で歩き回って、恥ずかしい姿を人々に見られることのないように、目を覚まして衣を着ている者は幸いである─(15節)」 祈り:神様、あなたの赦しに感謝します。私の心を探ってください。____________を悔い改めます。アーメン

黙示録15

「その後、私は見た。天にある、あかしの幕屋である神殿が開かれた。」黙示録15:5 当時のユダヤ人にとっては、神殿は神の家、神の臨在の場所でした。 ヨハネ自身も、神殿は特別な場所と教えられて育ったことでしょう。 その神殿から、イエス・キリストが制限を取り除いてくださいました。 天の神殿は、あかしの幕屋でした。 エルサレムに行かなくても、ヨハネのいるパトモス島に、天の国に、またキリストを信じる者の内に、今日は神の家があります。 神の御霊により建てられる霊の神殿を、私もあなたも神から与えられました。 祈り:神様、今日静かにみことばを思い巡らし、神の庭に憩います。気ぜわしい年末に向かっても、主の平安と静けさの中で必要を正しく選ばせてください。アーメン

黙示録14

「また私は、もう一人の御使いが中天を飛ぶのを見た。彼は地に住む人々、すなわち、あらゆる国民、部族、言語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音を携えていた。」黙示録14:6 素敵な光景です。 天使が福音を携え、それは世界のすべての人々に分け隔てなく伝えるためでした。 現代の中東では、夢にイエス・キリストが表れたので信じる人々が起こされています。 また、厳しい迫害のある国で、爆発的に信仰者が増えています。 日本は自由に伝道できますが、忍耐強さが必要だと思います。 人の力でなく、神の霊の力によって、キリストを信じる魂が起こされるという原点を忘れず、落胆せず、神の霊の流れに従いたいと思わされます。 祈り:神様、長く祈っている_________さんの救いを祈ります。主のみこころであることに感謝します。 私も神の促しに従いたいです。導いてください。アーメン

黙示録13

「捕らわれの身になるべき者は捕らわれ、剣で殺されるべき者は剣で殺される。ここに、聖徒たちの忍耐と信仰が必要である。」黙示録13:10 祈りが聞かれないように思え、悪や不正がはびこり、割に合わない経験が続くと、「主よ、いつまでですか」と叫びたくなります。 もしかすると、家族、クリスチャンホームの中でも同じように感じることがあるかもしれません。 神の時はいつか、私たちにはわかりません。 しかし、忍耐と信仰を持って必ず来るその時を待てと聖書は語ります。 神の秩序の元に、必ずすべてが正されます。 祈り:神様、あなたの時を待つ、忍耐と信仰を与えてください。苦々しい思いがサタンの足場にならないよう、霊肉をお守りください。アーメン

黙示録12

「兄弟たちは、子羊の血と、自分たちの証しのことばのゆえに竜に打ち勝った。彼らは死に至るまでも自分のいのちを惜しまなかった。」黙示録12:11 竜に勝つ方法は、筋肉トレーニングでも武装でもありませんでした。 子羊イエス・キリストの血と、そのあかしでした。 パウロは、「悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持っていないようでも、すべてのものを持っています(第二コリント6:10)」と言いました。 同じように、私たちにも、イエス・キリストによる逆説的な勝利と満足が備えられています。 祈り:神様、あなたがすべての必要を備え、勝利に導いてくださることを感謝します。アーメン

黙示録11

「私たちはあなたに感謝します。今おられ、昔おられた全能者、神である主よ。あなたは偉大な力を働かせて、王となられました。」黙示録11:17 天で24人の長老たちは、このように神を礼拝しました。 今日、私たちも同じように主を礼拝し、力強く宣言することができます。 声に出してみてはどうでしょうか。 「私はあなたに感謝します」 「今おられ、昔もおられた全能者、神である主よ」 「あなたは偉大な力を働かせて、王となられました」 すべてのものの王である主は、私の王です。 全地を治めるだけでなく、私の心の細やかな部分も治めてくださいます。 カウンセラーであり、慰め主でもあります。 祈り:神様、あなたが私の個人的な主であり王であることを感謝します。 クリスマスの楽しさや華やかさの中で孤独を感じる人がいたら、イエス・キリストこそ痛みと孤独を知る方だと気づくことができますように。 トラクト、あかし、聖書や信仰者との出会いを与えてください。アーメン

黙示録10

「七つの雷が語ったとき、私は書き留めようとした。すると、天からの声がこう言うのを聞いた。『七つの雷が語ったことは封じておけ。それを書き記すな。』」黙示録10:4 ヨハネが、黙示録の内容以上のものも聞いたことは確かです。 しかし「それを書き記すな」と言われました。 聖書に、あえて書かれていないことがあります。 それは神の領域だったり、私たちが知らない方がよいことだったりします。 神様がご自身の知恵でそうされたと、そのまま受け取れるでしょうか。 「わかりました」と引き下がる素直さもまた、私たちの信仰の態度です。 祈り:神様、私はあれもこれも理由を知りたい、納得したいと思いがちです。でも、神の知恵と配慮であるなら、理不尽さを感じる自我を砕いてください。アーメン

黙示録9

「これらの災害によって殺されなかった、人間の残りの者たちは、悔い改めて自分たちの手で造った物から離れるということをせず、悪霊どもや、金、銀、銅、石、木で造られた偶像、すなわち見ることも聞くことも歩くこともできないものを、拝み続けた。」黙示録9:20 災害で生き残ったのに、神などいないという態度を改めない人のことが書かれています。 第三者の視点からは、早く悔い改めたらよいのに、と思います。 でも、それがなかなかできないのが人間の罪の性質だということも思わされます。 他人事ではありません。主を信じてからも、自分勝手なところや頑固な自我、失敗の数々があります。 気づかずに犯している罪は数知れません。 一年をふり返る時期です。 ご降誕のイエス様のようにへりくだる態度を、与えてくださいと祈りましょう。 祈り:神様、思い返すと失敗ばかりです。主の前にへりくだりたいです。あなたの介入と回復を切に求めます。アーメン

黙示録8

「また私は見た。そして、一羽の鷲が中天を飛びながら、大声でこう言うのを聞いた。『わざわいだ、わざわいだ、わざわいが来る。地上に住む者たちに。三人の御使いが吹こうとしている残りのラッパの音によって。』」黙示録8:13 以前は、黙示録は怖いもの、暗いものというイメージがありました。 それで、この箇所を読むと、カラスが呪いの言葉を伝えるような想像を勝手にしていたのです。 しかし今は、黙示録にも神の愛と希望があふれているのがわかります。 「ワシ」が、空を飛びながら、注意報、警報を発令しているのです。 天気予報でも、注意報、警報は、人の安全と速やかな行動を願って出されます。 同じように、主の警告は、私たちが早く悔い改めて平安と永遠の救いを得るためのものです。 祈り:神様、あなたが愛をもって警告してくださることばに、耳を傾けることができますように。私の耳を、また人々の耳を開いてください。アーメン

黙示録7

「その後、私は見た。すると見よ。すべての国民、部族、民族、言語から、だれも数えきれないほどの大勢の群衆が御座の前と子羊の前に立ち、白い衣を身にまとい、手になつめ椰子の枝を持っていた。 」黙示録7:9 教会そばの交差点付近や、泉ヶ丘のそばでなつめ椰子の木を見ると、聖書の舞台みたいでちょっぴり嬉しくなります。 なつめ椰子といえば、イエス様がエルサレムに入る時に「ダビデの子にホサナ」と人々が手にし、道に敷いて喜んだのでした。 天の国でも主を賛美するため、同じように用いられているのですね。 枝を持った人々は、大声で叫びました。「救いは、御座に着いておられる私たちの神と、子羊にある。」(10節) 私たちも、やがてその一人に加えられます。 祈り:神様、天の国の賛美に加えられる日を期待します。先に主のみもとにいる兄弟姉妹と共に、「救いは、御座に着いておられる私たちの神と、子羊にある」と宣言したいです。地上でも、同じようにできますように。アーメン

黙示録6

「子羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てた証しのゆえに殺された者たちのたましいが、祭壇の下にいるのを見た。」黙示録6:9 キリストによって封印が一つずつ解かれます。 五つ目の封印が解かれ、ヨハネは殉教者たちの幻を見ます。 彼らは「いつまでですか」と主に問います。 すると、一人ひとりに白い衣が与えられ、殺される人の数が満ちるまで、もうしばらく休んでいるように言い渡されました(11節)。 なぜ神様は待たせるのでしょうか。それは、地の人々が悔い改めることを願って、です。 その間にも、殉教者一人ひとりに白い衣をくださいます。 神の愛とあわれみは、「よくやった。忠実なしもべよ」と「ひとりも滅びることを望まず」に表れています。 クリスマスは、神の愛を最も伝えやすい時期です。 その機会に期待します。 祈り:神様、、このクリスマス、出会いとあかしの機会を与えてください。あなたの愛とあわれみに触れ、福音を受け取る方が起こされますように。アーメン

黙示録5

「また私は、天と地と地の下と海にいるすべての造られたもの、それらの中にあるすべてのものがこう言うのを聞いた。『御座に着いておられる方と子羊に、 賛美と誉れと栄光と力が 世々限りなくあるように。』」黙示録5:13 やがて造られたものすべてが、このような賛美をささげると書かれています。 キリストを信じる私たちも、ともに賛美することでしょう。 素晴らしいですね。 しかも、その日を待たなくても、すでに私たちは今賛美する口、声を会わせて賛美する場所が与えられています。 イエス・キリストが生まれた時天使が賛美したように、私たちも今日、キリストのお生まれに感謝して賛美をささげることができます。 祈り:神様、イエス・キリストを地上に送ってくださり感謝します。毎週の礼拝は、ともに賛美をささげる天国の前体験であることを覚えて、恵みを味わい賛美します。アーメン