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申命記32-34

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通読:申命記32-34、マルコ15:26-47 そして主は彼に言われた。「わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに『あなたの子孫に与える』と誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せたが、あなたがそこへ渡って行くことはできない。」 申命記 34:4 秋から植えていた早咲きのチューリップがつぼみをつけました。 もうすぐ咲きそうで、開花が楽しみです。 冬の間、ずっと花の咲くのを待っていたからです。 ところで、人生の歩みも、花の咲くような結果に価値をおきがちです。 約束の地に入ることこそ一番のクライマックス、報酬と考えます。 目標としてきたことだからです。 しかし、神はモーセの生涯を目的地の直前までと定められました。 「その場所で、主のしもべモーセは主の命によりモアブの地で死んだ(34:5)」のでした。 あれほど入りたかったのに、最終的には主のご意思に従ったことこそ、モーセが信仰の人と言われる所以だと思います。 私たちは花が咲くのをなんとしても見たいでしょうか。 それとも、つぼみのままでも、主にお捧げすることができるでしょうか。 祈り:神様、あなたのお考えは深くて私には理解が及ばないことがあります。自分の思いと違う時、モーセのように従いたいです。主がよい方であると信頼できるよう助けてください。アーメン

申命記30–31

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通読: 申命記 . 30–31;  マルコ . 15:1-25 「強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主ご自身があなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。」申命記 31:6 私事ですが、このところ体調がよくありませんでした。 季節の変わり目で、自律神経の不調だと思われます。 エネルギーがなく、判断力が落ち、何もかもがうまくいかない気がしました。 失敗だらけでも「主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない」という励ましを、自分のものとして受け取ろうと思います。 「まことに、みことばは、あなたのすぐ近くにあり、あなたの口にあり、あなたの心にあって、あなたはこれを行うことができる。(30:14)」 遠い空のかなたではなく、今日もみことばはすぐ近くにあります。 祈り:神様、あなたが共にいてくださり、日々みことばで養ってくださることを感謝します。私が弱いとき、あなたの強さがより輝き出ますように。アーメン

申命記28–29

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通読: 申命記 . 28–29;  マルコ . 14:54-72 「隠されていることは、私たちの神、主のものである。しかし現されたことは永遠に私たちと私たちの子孫のものであり、それは私たちがこのみおしえのすべてのことばを行うためである。」 申命記 29:29 だから、現されたことは神を見上げればよく、 隠されていることも神の御手にあるから安心です。 祈り:神様、異動やまだ見えない不安に心が揺れる時、すべてがあなたの手のうちにあると思い出させてください。アーメン

申命記26-27

通読: 申命記26-27、マルコ14:27-53   「今日、主は、あなたに約束したとおり、あなたが主のすべての命令を守り主の宝の民となること、」申命記26:18 あかしです。 数日前に、新しく来日予定の宣教師のビザ手続きに先立って、 現在の宣教師と共に入国管理局に行き、書類申請に付き添うことがありました。 少し離れた安い駐車場に停め、急いで向かいました。 現在の宣教師はすでに列に並んでいて、書留切手を買ってくるよう頼まれた時です。 財布がないことに気づきました。 駐車場までは確かにあったのです。 車に戻って探しましたがありません。 道で落としたようです。 祈りつつ、「日本といってもいろんな国、文化の人たちがいる場所だから、戻ってこないかもしれない」と思いました。 交番に行って遺失物届を出しました。 半時間ほど、内容や私の個人情報などを尋ねられました。 すると・・・奥の部屋から保管された財布を警官が持って来てくれました。 散歩中の人が届けてくれたそうです。 お礼はいらないとのこと。 硬貨やカード1枚も失われず、すべてそのままでした。 奇跡だと思いました。 私たちは、与えられているものの一部を初物、あるいは感謝の表れとして主にささげます。 しかし、主はすべてを所有し、すべてをご存知です。 財布を受け取った時、主が「私はすべて知っていたよ。そして、あなたのことを宝のように愛しているよ」と語ってくださったように感じました。 主は、旧約の民を「主の宝の民」と表現されました。今のクリスチャン一人一人も「宝の民」という眼差しで見てくださっています。 祈り:神様、私のことをすべて知り、宝のように愛して大切に思ってくださっていることをありがとうございます。あなたの眼差しを感じる日も、感じられない日も、あなたは変わらず愛してくださっていることを感謝します。アーメン

申命記23-25

通読:  申命記23-25、マルコ14:1-26  「あなたは、自分がエジプトの地で奴隷であったことを覚えていなければならない。それゆえ私はあなたに、このことをせよと命じる。」申命記24:22 記憶にとどまるようにと、記念されていることは色々あります。 誕生日や記念日のように喜ばしいこともあれば、 地震や原爆投下日のように辛いメモリアルもあります。 聖書は、人々がエジプトの奴隷生活でどれほど苦労したかを覚えているようにと述べます。 それは、虐げられた人に対してあわれみ深く、寛容であるようにです。 主ご自身もあわれみ深い方です。 祈り:神様、あなたのあわれみ深さに感謝します。私たちも苦境の中でも主のあわれみを思い返し、恵み深いあなたの愛を分かち合うことができますように。アーメン

申命記20-22

通読:   申命記20-22、マルコ13:21-37    「あなたがたが戦いに臨むときには、祭司が進み出て民に語りかけ、」申命記20:2 「あなたが、ある町を攻略しようとしてその町に近づいたときには、まず降伏を勧めなさい。」20:10 戦いに際しては、司令官でも王でもなく、祭司が激励をします。 また町のリーダーが、それぞれの事情を勘案するように語りかけます。 相手方とも、まず平和的な解決を求めます。 22章まで、事件の処理や女性の保護などについても語られます。 やみくもに傷つけ合うことを避け、人格を尊重する姿勢は、国家間だけでなく私たちにも必要です。 家族の中での失言や不誠実について、悔い改めと和解が広く行われますように。 祈り: 神様、心の戦いについて思い巡らしています。主にあって平静と安心を得るよう、柔らかくしてください。強硬に走る肉の頑固さ、固さを砕いてください。アーメン

申命記17-19

通読:  申命記17-19、マルコ13:1-20 「その王国の王座に就いたら、レビ人の祭司たちの前にある書から自分のために、このみおしえを巻物に書き写し、自分の手もとに置き、一生の間これを読まなければならない。それは、王が自分の神、主を恐れ、このみおしえのすべてのことばと、これらの掟を守り行うことを学ぶためである。」申命記17:18~19 王が間違った方向に行かないための秘訣は、主の教えを手元において一生学び続けることです。 聖書の知恵は今も生きています。 国々のリーダーがそこから学ぶことができるよう、またリーダーだけでなくすべての人が聖書の神に出会うよう祈りましょう。 祈り:神様、国々のトップの人が主のみこころを求め、へりくだって平和を目指すことができますように。災害や試練にある人たちが、聖書の神に出会い、慰めを受けますように。アーメン

申命記14-16

通読:申命記14-16、マルコ12:28-44  「必ず彼に与えなさい。また、与えるとき物惜しみをしてはならない。このことのゆえに、あなたの神、主は、あなたのすべての働きと手のわざを祝福してくださるからである。」申命記15:10 聖書の神様は、気前の良い方です。 7年目に、同胞に貸したものを帳消しにせよと言われます。 貸した人が損じゃないか、と思います。 しかし、主に従う人には「主が必ずあなたを祝福されるので、あなたのうちには貧しい人がいなくなるであろう」(15:5)と約束します。 また困った人、貧しい人を助けるようにも命じておられます。 信仰者や教会が、海外宣教の働きや緊急支援にささげるのは、この気前のよい主のみこころを果たすことだ、と信じます。 自分の損得だけ考えるなら、せっかくの祝福を体験できないままになることもありえます。 祈り:神様、あなたの気前のよさで、私はたくさんのものをいただきました。何より、永遠のいのちを信じるだけで、ただでいただきました。感謝します。私も気前よくささげることができるよう、主にある大胆さと勇気を与えてください。アーメン

申命記11-13

通読:申命記11-13、マルコ12:1-27  あなたがたの神、主に従って歩み、主を恐れなければならない。主の命令を守り、御声に聞き従い、主に仕え、主にすがらなければならない。13:4 主に従うことがいかに大切で幸せになる秘訣かが、繰り返し民に語られています。 人間がいかに感謝を忘れやすい存在かの現れでもあります。 私たちにも心当たりがあります。 でも、自分がじかに通った経験は、単に聞いたことよりもはっきり覚えています。 戦争や災害を伝える「語り部」の話は、それを体験したからこそ聞き手の心にいっそう響きます。 「これら主がなさった偉大なみわざのすべてを自分の目で見たのは、あなたがたである(11:7)」と荒野でモーセは民を励まします。あかし人、主のみわざの語り部になるように、と。 私たちも、キリストの救いを体験しました。その語り部、あかしとしてどんな人でも体験を伝えることができます。 祈り:神様、私の救いの体験、信仰の体験を伝えたいです。つたなくても、聖霊が共にいて働いてくださり、相手の心に届けてくださると信じます。アーメン

申命記8-10

通読:申命記8-10、マルコ11:19-33 「あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを知らなければならない。」申命記 8:5 私たちの信じる聖書の神様は、人格をもった方です。ロボットのように機械的に処理したり、切り捨てたりする方ではありません。 「あなたがたの神、主は神の神、主の主、偉大で力があり、恐ろしい神。えこひいきをせず、賄賂を取らず、みなしごや、やもめのためにさばきを行い、寄留者を愛して、これに食物と衣服を与えられる。」(10:17-18) 「恐ろしい」恐れるべき偉大な方であると同時に、弱いものには優しくあわれみ深い方です。 そのような方だから、親が子を訓練するように、私たちのために訓練されることがあります。 それは私たちの成長のため、私たちの益となるためです。 祈り:神様、あなたの訓練を受け取り、成長の糧とさせてください。辛い時あなたに頼り、信頼し、呼び求めることを教えてください。アーメン

申命記5-7

通読: 申命記5-7、マルコ11:1-18   「主はこの契約を私たちの先祖と結ばれたのではなく、今日ここに生きている私たち一人ひとりと結ばれたのである。」申命記 5:3 主の約束は、旧約の時代を越えて今もよいものであることに変わりありません。 「わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。」(5:10) 「彼らの心がこのようであって、いつまでも、わたしを恐れ、わたしのすべての命令を守るようになってほしい。そうすれば、彼らもその子孫も永久に幸せになる。」(5:29) 「それで主は、私たちがこのすべての掟を行い、自分たちの神である主を恐れるように命じられたのである。今日のように、いつまでも私たちが幸せになり、私たちが生かされるためである。」(6:24) 私たちの幸せを願ってくださる主に感謝します。 祈り:神様、あなたの教えは私たちを愛するがゆえのものです。聖書の約束がよくわかり、信仰のチャレンジに応答できますよう導いてください。アーメン

申命記3-4

通読: 申命記3-4、マルコ10:32-52  「ヨシュアに命じ、彼を力づけ、彼を励ませ。彼がこの民の先頭に立って渡って行き、あなたが見るあの地を彼らに受け継がせるからだ。」3:28 リーダーとして長年仕えたモーセ。 しかし、約束の地に自らが入ることはできませんでした。 代わりに次のリーダー、ヨシュアがその祝福にあずかりました。 モーセは神の目には充分果たした、それでよしとされたのでした。 直接の成果を受けることができない時、私たちは複雑な気持ちになります。 神がよしと言われるなら、目に見える手柄や成果は次世代に譲る用意ができているでしょうか。 なかなか難しいチャレンジです。 その神に従ったモーセは、やはり信仰の勇者だと言えます。 祈り:神様、モーセのような信仰の姿勢を与えてください。謙遜に、また次世代の祝福のために祈る者となれますように。アーメン

申命記1-2

通読: 申命記1-2、マルコ10:1-31     「事実、あなたの神、主はあなたのしたすべてのことを祝福し、この広大な荒野でのあなたの旅を見守っていたのだ。この四十年の間、あなたの神、主はあなたとともにいて、あなたには何一つ欠けたものがなかった。」申命記 2:7 旧約聖書の歴史は、神の守りの歴史でもあります。 滅びてしまいそうな民を、神が御手をもって守られました。 特に荒野での四十年、「何一つ欠けたものがなかった」のには驚嘆します。 また、神様はアブラハムとの契約を守られました。 たとえば2:5に 「彼らに戦いを仕掛けてはならない。わたしは彼らの地を、足の裏で踏むほどさえも、あなたがたには与えない。わたしはエサウにセイルの山を、彼の所有地として与えたからである。」 とあるように、該当する民とはぶつからないようにと命じられました。 私たちの人生の旅も、神は守ってくださいます。 なぜなら、私たちが信じているのは同じ聖書の神様だからです。 旧約聖書と変わらず、私たちを今日も見守ってくださいます。 祈り:神様、あなたに守られて人生の旅をしていきます。 新年度を前に、環境の変化に直面している信仰の友をお守りください。まだ知らない道、登ったことのない山にも、主が共にいて導いてくださることを感謝します。アーメン

民数記34-36

通読: 民数記34-36、マルコ9:30-50  「これらは、エリコをのぞむヨルダン川のほとりのモアブの草原で、主がモーセを通してイスラエルの子らに命じられた命令と定めである。」民数記36:13 長かった民数記も終わりです。通読お疲れ様でした! この主の命令と定めが、オフィスや定住地でなく、モアブの草原で与えられたことに注目します。 いわゆる現場で、まだ途上でこのような大切なことが語られたのです。 私たちが日々雑事に追われる中でも、神は語ろうとしておられます。 大切なことを聞き逃さないように、そして祈りの必要をつかめるように願いましょう。 祈り:神様、あなたは今日も語られます。引退してからとか休暇中にとか、言い訳をしないよう助けてください。 戦争で危険にさらされる人、不安になる人、戦地にいる人をお助けください。主の平和が速やかに来ますように。格別にイランの教会とクリスチャンたちを守り励ましてください。アーメン

民数記31-33

通読: 民数記31-33、マルコ9:1-29   「祭司アロンは主の命によりホル山に登り、そこで死んだ。それは、イスラエルの子らがエジプトの地を出てから四十年目の第五の月の一日であった。」民数記33:38 家族の終末期医療(どこまで延命するか)について、医療スタッフと話す機会がありました。 また、エンディングノートにも、自分の人生の終わり方の希望を書くところがあります。 ただ、どんなに希望していても、いのちは人が完全にコントロールすることはできません。それは神の領域です。 旧約のイスラエルの民は、困難な中で主の計画を歩みました。 ガド族とルベン族は、最後まで従うことを約束しました。 アロンは神の命令で山に登り、そこで生涯を終えました。 生涯の最後までキリストに従う決心ができていますか? 祈り:神様、あなたについて行く人生は幸いです。たとえ苦労や困難があっても、主が見捨てず、共にいてくださること、脱出の道を備えてくださることを信じます。生涯の最後まで導いてください。アーメン