投稿

マタイ4

「これは、預言者イザヤを通して語られたことが成就するためであった。 『ゼブルンの地とナフタリの地、 海沿いの道、ヨルダンの川向こう、異邦人のガリラヤ。闇の中に住んでいた民は 大きな光を見る。 死の陰の地に住んでいた者たちの上に 光が昇る。』」マタイ4:14~16 今回のマタイ通読では、旧約聖書のことばがイエス・キリストを指し示していることに着目しています。 イエス様の公生涯のはじめも、旧約聖書の預言が成就しました。 14~16節はイザヤ9章のはじめに出てくることばです。 「しかし、苦しみのあったところに闇がなくなる」に続いて、このことばが書かれています。 そして、その通りになりました。 ゼブルン、ナフタリ、ガリラヤ...だけでなく、今の日本にも、私たちにも、 「闇の中に住んでいた民は大きな光を見る」の通り、キリストは光です。 死の陰の滅びから永遠のいのちへと救い出してくださる方です。 祈り:神様、イエス・キリストこそが死から救ってくださる光です。人生の意味を求めている___さん、___さんが、明確この光を信じることができますように。アーメン

マタイ3

この人は、預言者イザヤによって 「荒野で叫ぶ者の声がする。 『主の道を用意せよ。 主の通られる道をまっすぐにせよ』」 と言われた人である。マタイ3:3 前回(2024年7月)には、バプテスマのヨハネの人格について考えました。 彼の出現も旧約聖書に預言されていたことに気づきます。 イザヤ40:3「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意せよ。荒れ地で私たちの神のために、大路をまっすぐにせよ』」 聖書の約束は実現します。なぜなら、偽りのない神ご自身のことばだからです。 今、聖書にあるどの約束を握って歩んでいるでしょうか。 紙に書いて手帳にはさんだり、スマホの待ち受け画面にしたりするのもよいですね! まだよくわからない人も、聖書を少しずつ読むうちに神様の希望の約束を発見することでしょう。 祈り:神様、何千年も人生の指針を与えてきた聖書は、今日も私たちへの約束で満ちていることを信じます。人生の道しるべとなることばを見出だす、素晴らしいみことば探検の旅に導いてください。聖書が楽しく読めますように。アーメン

マタイ2

彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者によってこう書かれています。  『ユダの地、ベツレヘムよ、 あなたはユダを治める者たちの中で 決して一番小さくはない。 あなたから治める者が出て、わたしの民イスラエルを牧するからである。』」マタイ2:5~6 イエス・キリストが来られたのは偶然ではなく、神のご計画のうちに旧約聖書の預言を成就されました。 ミカ書5:2に救い主がベツレヘムで生まれることが預言されていました。 そのことを博士たちは調べ、知っていました。 旧約聖書が大切な理由は、それがイエス・キリストを中心として書かれているからです。そして新約聖書につながっているからです。 ただの歴史や知恵の書ではなく、キリスト抜きではなく、信仰をもって読むときにだんだんとつながってきます。ちょうど、ベツレヘムでメシアが生まれることが実現した、この箇所のように。 同じように、私たちの生涯にも主が深いご計画を持っておられることを覚えて感謝します! 祈り:神様、あなたが歴史を通し、一貫して希望を示してくださっていることを感謝します。 私の日々の歩みにも希望を与えてくださることを信じます。 聖霊の光により頼みつつ聖書を読み、理解できるように助けてください。アーメン

マタイ1

「このすべての出来事は、主が預言者を通して語られたことが成就するためであった。」マタイ1:22 今日から再び新約聖書を読みます。 新約聖書は全部で260章、今から読みはじめても年内に通読できます。ぜひご一緒に! マタイに書かれているキリスト誕生の出来事は、偶然や思い付きではありませんでした。 すでに預言者を通して語られていたことが実際に起こったのです。 マタイの始めに系図が置かれているのも、たまたまこの時に起こったのではなく、神様の深い計画がこのタイミングで行われたことを傍証しているようです。 祈り:神様、あなたの深いご計画とみこころを感謝します。今回も新約聖書を読みながら、その素晴らしい愛と知恵にふれることができますように。アーメン

黙示録22

「もはや夜がない。神である主が彼らを照らされるので、ともしびの光も太陽の光もいらない。彼らは世々限りなく王として治める。」黙示録22:5 「いのちの木」という賛美の中に、 「もはや夜がない 主の光の中 いのちの木の 豊かさ知る」 という歌詞があります。 いのちの木は創世記にも黙示録にも出てきます。 そのいのちは神である主ご自身が保っておられます。 夜の闇もなく、神の栄光の光が明るく照らす中で過ごす幸いを聖書は語ります。 今それを信じて平安を得るか、信じないで自分の常識の中だけで生きるか、選択は私たち次第です。 平安と幸いを今も、そして永遠も得ることができるようにと、主は招いておられます。 祈り:神様、あなたの平安と約束を信じる信仰を増し加えてください。____さん、____さんが一歩踏み出せますように。アーメン *明日から年末までは、新約聖書を通読予定です。

黙示録21

「神は彼らの目から 涙をことごとくぬぐい取ってくださる。 もはや死はなく、 悲しみも、叫び声も、苦しみもない。 以前のものが過ぎ去ったからである。」」黙示録21:4 差別、虐待、死別、貧困、病気、反目...。 多くの人が、人生の不条理や不公平を経験していると思います。 人知れず流した涙、理解してもらえない悲しみと悔しさ、主はご存知です。 私たちの涙をすべてぬぐい、慰めてくださる時がやってきます。 このことばをいつも思い出し、新しい年度も日々過ごしていきたいですね。 祈り:神様、あなたは全知全能のお方です。私の悲しみ、痛み、苦しみ、感情をすべてわかってくださり感謝します。_____を、あなたの義とさばきにゆだねます。アーメン

黙示録20

「また私は、死んだ人々が大きい者も小さい者も御座の前に立っているのを見た。数々の書物が開かれた。書物がもう一つ開かれたが、それはいのちの書であった。死んだ者たちは、これらの書物に書かれていることにしたがい、自分の行いに応じてさばかれた。」黙示録20:12 開かれたのは「いのちの書」でした。 「いのちの書」には、私たちの生涯の行いが書かれています。 その書に救われた者として名前が記されているなら、「イエス・キリストを信じた」ということのゆえに、すべての失敗や罪がゆるされ、御国に入る特権が与えられています。 もっとも、天での報いは様々のようです。 天だけではなく、この地上の生涯も同様です。 「死ぬ直前に信じたらいいや」と言わず、今日信仰を持ち主に従って歩むことで、どれだけ豊かな人生が送れることでしょう。 祈り:神様、信仰を躊躇している人が今日決心し、イエスキリストを信じることができますように。豊かな人生の秘訣である聖書に触れることができますように。アーメン

黙示録19

「また、御座から声が出て、こう言った。『神のすべてのしもべたちよ、 神を恐れる者たちよ、 小さい者も大きい者も 私たちの神を賛美せよ。』」黙示録19:5 日曜礼拝の前半では、皆がそろって礼拝に参加します。子どもメッセージを聞き、ともに賛美をします。 年齢にかかわらず共に礼拝する姿は、天国の前味のようです。 御座から「小さい者も大きい者も私たちの神を賛美せよ」という声が聞こえた時、 天国で同じ喜びの姿が見られるのだと思うと、何だか嬉しくなります。 そして、今の日常の中で、すでに同じような機会があることは感謝の驚きです。 祈り:神様、あなたをやがて御国で賛美するように、教会に集い礼拝できることに感謝します。赤ちゃんから100歳を越える人まで、主の前に共に集まる恵みを味わいます。アーメン